7 やがてキュウになる④
安住セイヤらしい男は、ヘラヘラしながらさらにスイへ近付く。
「お前、大学受かって調子に乗って、幸恵ヤリ殺して逃げたんだって? あれからお前の家族、もうあの町に住めなくなったって知ってっか?」
スイの凍てついた目に、揺らぐ気配はまるでなかった。
「散々、秀才だの一族の誉れだの持ち上げられた男の末路が、親戚の女の子ブチ犯して出奔、かよ。お前は一族の恥なんだよ、あげくの果て……」
セイヤは卑しくぎらついた眼で、スイの全身をなめるように見て、言う。
「チャラチャラした格好しやがって。真面目な奴ほど、たがが外れたら行くトコまで行くっつーけどホントだよな。高そうな服だけどよ、どーせ女に買ってもらったんだろうがよ、この男娼が!」
そこで息が切れたのか、セイヤは黙った。
スイはゆっくりとした動作で腕を組むと、凄絶な冷笑を浮かべた。
なまじ隙の無い盛装だからだろうか、不健康にこけた頬に刻まれる冷笑が、見る者の背筋を凍らせるほど恐ろしかった。
セイヤが一歩、後退りしたのが、マドカからもはっきり認められた。
「お前の挑発はそれで終わりか?」
低い、ひどく落ち着いた声音だった。
「じゃあ次は俺の番だな。……安住セイヤ。『清』らか『哉』と書いて清哉とは笑わしてくれるな。お前のどこに『清らか』要素がある? 名前負け通り越して、ギャグじゃね?」
「うるせえ! しょうがねえだろ、親父が清太郎だからって一字もらって付けられた名前なんだからよ! こんな名前、俺だってヤだったんだよ!」
「お前の親父さんは受け継いだ資産を運用しつつ、傍らで自分でも会社を起こした、ソコソコやり手の社長だったとも聞いてるが?」
「ヘッ。あんな……外面だけ立派な親父。父親としては最低だよ!」
「父親が最低だから……」
スイの低い声に、まぎれもない怒気がこもる。
「お前も、最低なことをして許されるとでも? 幸恵が急死した事件のあらましを、俺が知らないとでも思ってるのか? このタコが!」
清哉がたじろぐと、スイはおもむろに腕組みを解き、素早く清哉の胸倉をつかんだ。
「あの子が部屋で、冷たくなってるのを発見したのは。遊び疲れて遅くに帰ってきた屑の母親だ。まあ屑でも母親、あわてて救急車を呼んで……いろいろなことが医者の手で暴かれた」
清哉は硬直しきった顔でスイを見上げていた。
「あの子の身体に残されていた体液……要するにザーメンのことよ、血液型はAB型だったそうだな? ちなみに俺の血液型はO型なんだけどよ、おっかしいよなあ、俺ってばナニだけAB型だったのかな?……清哉」
スイは再び、凄絶に笑んだ。
「お前。血液型は?」
「う、うわあああ! ああ、あああああ!」
パニックを起こしたのか、清哉は意味のなさない大声をあげる。
「安住の一族の者は大体、血液型はAかO。まあ、日本人に多い血液型らしいから不思議じゃねえよな。だからって別に、BやABの者がいてもおかしくはない。だけどよ、お前の親父さん……O型だって聞いたんだけど? おふくろさんはA型だとも聞いた覚えがあるが、まあ仮に彼女がABだったとしても。俺の半端な知識で申し訳ねえが、O型の父親からAB型の息子が生まれるのは、ちょっと……不自然じゃね?」
「ううう、うるさい、うるさいうるさいうるさい!」
完全にパニック状態の清哉へ、スイはひどく優し気にほほ笑んだ。
「お前がカッコウの雛であっても。それはお前に責任のある話じゃねえ。……でもな」
スッと、スイは真顔になった。
「だからってお前があの子にしたことは、まったく、全然、正当化されねえんだよ!」
「ち、違う違う! 俺は、俺はあの子を殺してなんかいない! あいつは急に心臓麻痺起こして、勝手におっ死んだんだよ! だって俺が帰る時は別に普通だっ……」
清哉は必死に叫んでいたが、失言に気付いたのか不意に黙る。
が、スイの表情は変わらない。
「帰る時、ねえ……そういやその後、お前の親父さんが色々と手をまわして、お前の関与は過去を含め一切、『なかったこと』になったらしいじゃねえか。ウチの家族に金を渡して因果を含め、町から追い出すことで幕引きを図ったんだろ? ……残念だったなァ、人の口には戸は立てられねえ。ナニの血液型がAB型だったってのを含め、お前の出生の秘密もじわじわ広がって……お前、自殺しようとしたんだって? でも自殺するならするで、キチンと死ねよなこの根性なしが。あげくの果て、あれほど見下してた幸恵の下僕になんぞ成り下がりやがって!」
「は? 下僕? なんだよそれ、俺は……」
「俺は?」
「俺、は……」
清哉の目から急速に光が薄れる。スイは、どことなく憐れむように目許をゆるめた。
「記憶はない、か。自分で忘れるように持って行ったのかもな。まったく……どこまでも。お前は、自分勝手な奴だ!」
きつくつかんでいた清哉の胸倉を、スイは突然離した。よろめく清哉へ向かって彼は、右手に現れたカーテンレール程の太さの白銀の四角錘を投げつける。
四角錘は深々と、清哉の胸の真中に突き刺さっていた。
「お前だけは一瞬で浄化なんかさせねえよ。じっくりじわじわ……今までの自分の罪をよくよく思い返しながら、消滅しろ」
何が起こったのかわからない、という顔をしていた清哉だったが、自分の胸に刺さった光の四角錘の正体に一瞬後、気付いたようだ。
狂ったような声で清哉は咆哮していたが、スイはもうすでに、彼への興味を失くしていた。
「九条くん」
スイはマドカへ声をかけてきた。
「アイツは簡単だったが。おそらくこれから、もっとややこしいのが出てくるだろう。ここはエチサが母体の集団だから、俺にとって風当たりの強い【dark】が多いだろうけど、君に対してもじりじりいやらしく攻撃してくる【dark】も出てくるはずだ。気を引き締めてくれ」
「……はい」
「円陣の直径は狭めていいから……浄化の力を上げてくれ。今から更に降下する。どこまで効果があるかわからんが、君はもう少し、隠形を保った方がいい」
「わかりました」
うなずくマドカへ目で応え、二人はさらに降下を始めた。