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6 最終対決へ⑧

 【eraser】タイプ・(エン)としての訓練は、基本『持続力』の強化、に収斂される。

 一定水準の浄化の力を、一定時間以上、コンスタントに出し続けること。

 能力の特性上、それが一番の肝になる。

 このことは『角野先生』からだけでなく、『キョウコさん』からもマドカは言われた。



「君が保持できる最大の円陣を、最低3時間、保つ。まずはそれが出来ないことには、アチラへ行くなど寝言と同じだ」


 初日。

 ウォーミングアップ後、マドカは、見掛けは二十代の自称ジジイ・角野先生(の、ペルソナが強化されて加わった、スイ。マドカに対して彼は、『【eraser】・スイ』と『角野先生』が統合されたような人格で接するようになった感触がある)に、ごく冷静にそう言われた。

 内心、慄く。

 現状、マドカが出せる浄化の円陣の最大の大きさは、芝生の庭をほぼ覆う程度である。

 大きさは申し分ないと褒められたが、さすがにコレを3時間も出し続けるのはきつい。

 体感的に『全速力でフルマラソンを走れ』と言われたような感じがした。


「3時間……」


 茫然と呟くと、スイはニヤリとした。


「嫌なら、アチラへ行くのはあきらめるんだな」


(……くっそー)


 この男は本当に、挑発するのがうまい。


「やる前からあきらめません!」


「その意気だ。ではやってみたまえ」



 やってみた。

 ……1時間も保たなかった。


「まあ、最初はそんなものだろう」


 キョウコさんが慰めるように言ってくれたが、敗北感にひしがれ、マドカはかなり落ち込んだ。


「落ち込んでる暇はない。30分後、再チャレンジだな」


 鬼コーチに淡々とそう言われ、マドカは心の中で


(鬼! 悪魔!)


 と叫んだ。

 が、もちろんこれくらいでやめる気などない。

 3時間くらい保持してやらあ、ドちくしょう!



 同じ操作を四、五回ほど繰り返し、何とか泣く泣く3時間、保持できるようになった。

 そこで訓練はいったん終了。

 途中でお茶と軽食くらいは摂ったが、延べ時間にして十時間くらいは訓練していた計算になる。

 強豪と呼ばれる運動系クラブの、強化合宿に似ているのかもしれないなと、『夕食』に当たるであろう食事(中華がゆと付け合わせ数種、他には小エビのてんぷらやキュウリの和え物などを添えられた、比較的胃に優しいメニュー)を食べながらマドカは思う。

 体力よりも気力がゴリゴリ削られる訓練の後は、胃に優しいあたたかいメニューが文字通り、五臓六腑にしみわたる。


 入浴後、あてがわれている6畳ほどの広さの部屋へ帰り、ベッドに倒れこんで丸8時間、彼は泥のように眠り……、また同じ訓練を開始。

 さすがに今度は、一番最初から3時間保持が出来た。


「順調だな。では少し実践形式の訓練に移る」


 鬼コーチの全身から、剣呑な陽炎が揺めき立つ。


「今から、俺が操れる【dark】を君にぶつける。君はその状態を保持して、すべての【dark】を浄化するように」


 雨あられとぶつかってくる大小の【dark】の礫を、マドカは退け浄化した。


「最低限はクリアだな。さすがに覚えが早い」


「……」


 お褒め下さるのは有り難いが、マドカはとしてはへとへとになりすぎて返事もろくにできない。


「それじゃあ30分後にもう一度、同じ訓練を行う」


 ヒ―! こいつサディストかよ!

 くっそ、負けるか!



 それからも、マドカが想定していないような訓練が続いた。

 自分の周りだけでなく、離れた位置にいる相棒(バディ)の周りに浄化の円陣を展開すること(最低限、視認できる位置にいる者になら浄化の円陣は付与できるとキョウコさんから説明された。信じられなかったが……やれるようになった。言葉で説明するのは難しいが、例えば、自転車に乗れるようになる瞬間の『あ、そうか、こうなのか!』と、突然こつをつかむ感覚に似ていた)、キョウコさんが設定する戦闘エリア(バトルフィールド)内で動くこと(『重力』の縛りがなくなり、フィールド内の【eraser】は縦横無尽に動けるようになるのだが。一番最初の訓練時、動き回るというより飛び回る相棒についてゆくだけで、マドカはひどい乗り物酔いのような状態になり、吐き気と頭痛で半日グロッキーだった)……、など。

 吐きそうになろうが疲れて動けなくなろうが、半泣きの状態で訓練に食らいついてくるマドカに、スイの態度も少し変わってきた。


「君、意外と根性があるね」


 ある時、半ば呆れたようにそう言う彼へ、マドカはニヤッとしてこう言ってやった。


「へっ、21世紀少年をなめんなよ、おっさん」



 一通りの訓練が終わるころ、現実の時間も夕刻になってきたらしい。

 マドカはいったん帰宅、ということになる。


「お疲れ様。よく頑張った。想像以上の頑張りだったよ九条君」


 鬼コーチであるスイにしては珍しく、手放しで労ってくれた。


「駆け足だったが、よくここまで伸びた。さすが『タイプ・(スイ)』のバディになれる、百年にひとりクラスの【eraser】・エンだ」


 ほのかに笑み、キョウコさんも褒めてくれた。


「……ありがとうございます」


 地獄の訓練を思い返しながら、マドカも感慨にふける。


「今回駆け足で進めたメソッドの精度を上げるため、学校終了後、一週間ほどはこちらへ来てくれ。君が学校へ行っている間、【home】の時間も現実リアルに合わせ、君がコチラへ来た瞬間から、【home】と現実の時間差を、いったん60:1に設定する。訓練を切り上げる時間は、まあ君の習熟度や体調などを加味して変えるつもりだ。だからしばらくは部活を休むと、安住会長へ連絡を入れておくように。理由は……眼科健診で問題が見つかって、通院することになったとでも言えばいい」


 スイの指示に、マドカも大人しくうなずく。

 彼の言葉が理不尽でも何でもないことは、習熟度が上がるにつれ嫌でも理解できてくる。

 今の荒削りの実力では、とてもアチラでスイのフォローを安定的に行うのは難しい。

 

「ちょうどと言っては何だが。君はしばらく、現実リアルでは眼鏡をかけて生活したほうがいい。今回、かなり君は【eraser】としての能力の精度が上がった訳だが。現実で暮らすと、余計なものが見えすぎてしまうからな」


 キョウコさんが言う。


「3~4年、長くても10年も経てば慣れてくる。だからしばらくは眼鏡の世話になった方がいい」


 スイもそう言う。


 今のところ全く自覚がないマドカは、首を傾げながらもうなずいた。

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