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1 中心は、0(ゼロ)③

 帰宅。

 九条マドカは二階の自室へ入ると、のろのろとカバンをいつもの場所へ置き、制服も着替えず机の前にがっくりと座った。

 妙に疲れた一日だった。



 『ウチの担任』らしい『角野先生』はその後、淡々とそつなく授業をし、一時間目を終えるとこれまた淡々と職員室へ戻っていった。

 誰も――そう誰も、()()()()()()()()()()()

 『角野先生』は今までずっと担任だったし、これからもそうだろうという雰囲気である、クラスの連中だけでなく他の先生方までも。


 マドカは昼休み、英語の質問があるふりをして、思い切って職員室へ行ってみた。

 すると、昨日まで宇田先生が座っていた席に角野がいて、隣の席の他の学年の数学教師と世間話っぽいことをして笑っていたのだ、()()()()()()()()()()


 また彼は、教師という職業に就いてそれなりにキャリアを積んだ雰囲気……でもあった。

 (良くも悪くも)手慣れたというか落ち着いているというか、肩の力が抜けたあっさりとした授業をし、朝夕のHRでは、『担任教師らしく』連絡事項をしゃべったり必要な配布物を配ったりする。

 いかにも『担任を持つのも初めてじゃない、そろそろ中堅になろうとしている若手教師』という風情であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()たたずまいだった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



(こりゃまた……どでかい、『バグ』が来ましたね~)


 半ば放心しながら、あえて他人事のようにマドカは思う。

 乾いた笑いとため息が混ざったような声が、弱まり始めた午後の光が差し込む部屋に、小さく響いた。



 ここまでの凄まじい事態――担任教師が突然、見知らぬ人に入れ替わっているなど、ささやかな変化とは決して言えまい――は、さすがに初めてだったが。

 これに近い奇妙なことは幼児~小学校低学年の頃を中心に、実は何度か、マドカは経験している。



 例えば。


 幼稚園の園庭に咲いていたチューリップの花の色が、昨日までは黄色だったのに赤に変わっている、とか。


 先生の机にあるブックエンドの色が、灰色から白に変わっていたこともあった。

(もちろん他のブックエンドへ交換したのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと、マドカ以外の皆は認識しているようだった)


 同じ組の『ヨシキくん』という子の名前が、『トシキくん』に変わっていた、こともある。

(オレの名前を間違えるな、と、本人に文句を言われて気付いた。覚え間違いや勘違いの可能性が絶無とは言えないが、前日までマドカは彼を、『ヨシキくん』と呼んでいたし、本人も『ヨシキ』と名乗っていた)


 小学校の池にいた赤い金魚(当時マドカは毎日、池の金魚を見るのを登下校時の楽しみにしていたのだから、勘違いでは決してない)が何故か、金魚と同じ数のクサガメに変わっていた時は、ショックで熱を出し、一週間ほど寝込んだものだ。

 こちらも当然、金魚をクサガメに入れ替えた事実はない。

 学校の池にいるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。



(金魚がカメに変わった時が、目に見えるうちでは一番大きい変化だったよなあ。でもあれ以来、そんなあからさまに目につく『バグ』は起こってなかったんだけど……)


 訴えても不可解な顔をされるだけの、マドカだけが認識できる不可思議。

 この現象を密かに『バグ』と呼ぶようになったのは、小学校高学年くらいの頃だ。

 パラレルワールド、という概念を知ったのもこの頃で、ひょっとして自分はパラレルワールド・トラベラーなのか、とも思って戦慄した。

 フィクションなら面白い設定だが、現実だと恐ろしいだけだ。

 自分の意思とは関係なくある日のある時、唐突にどことも知れないパラレルワールドへ飛ばされるなど、恐怖以外の何物でもない。



 金魚がカメに変わった辺りから、マドカは無口になった。

 元々、どちらかと言えば大人しい方だったかもしれないが、この世のすべてが信じられない、と表現するしかない大きな虚無感は、彼から年齢相応の明るさや無邪気さを奪った。

 生き物を敬遠するようになり、『トシキくん』とも徐々に疎遠になっていった。


 人との付き合いは当たり障りなく。

 優秀でも愚鈍でもない、誰も気にかけてこない平凡を狙う。

 一方、どこへ飛ばされても(己れがパラレルワールド・トラベラーの可能性が否定できない限り、対策は必要であろう。……まあ、現実問題として対策になっているとは言えないが)ある程度順応できるよう、可能な限り、雑学を含め自分の能力は磨くが、あからさまな突出をしないよう気を配る。

 何らかの突出――入園後、チューリップの黄色が目が覚めるようにきれいだと気に入っていたとか、『ヨシキくん』とは当時、特に仲が良かったとか――が『バグ』を誘うのではないかと、体感的に察していたからだ。



 ようやくのろのろと椅子から立ち上がり、マドカは制服を脱いで部屋着に着替えることにした。

 泣いても笑ってもすでに『バグ』は発生し、現実リアルの中へ溶け込んだ。

 マドカのクラス担任は、『角野カドノ』という名の若い男性教師。

 今後はそれを受け入れて暮らしてゆく。


 昨日まで担任だった『宇田ウダ』先生がどうなったのかはわからないが、宇田先生のいる世界できっと今まで通り、暮らしているだろう。

 思いながらブレザーをハンガーにかけようとした時、ポケットがかさッと鳴ったので手を止めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多感な時期にこれはキツいですね( ˘ω˘ )
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