6 最終対決へ⑤
室内に戻ったマドカへ、キョウコさんが声をかけてくる。
「九条君、スイが目を覚まして、君に……」
途中で言葉を止め、彼女はわずかに口角を上げた。
「……顔が変わったな、君。凛々しい顔になった。心が決まったようだな」
そう言われると少々照れくさいが、マドカは意識して目に力を入れる。
「はい。頑張っても五分五分の闘いへ、俺を参加させて下さい」
「では、あの気難しくて頑固で、情緒不安定な兄さんを説得しろ。彼は元々、自分ひとりでアチラへ赴き、ひとりで死にたがっているんだ、一応は隠しているがな。相棒が見つかるまで待てと止めていたのは私だ」
意外なことを聞き、マドカは驚いた。
ふと彼女は、人間くさい困ったような表情をした。
「お前の気持ちとしては今すぐアチラへ行きたいだろうが、単身で勝てる可能性は1割以下。むざむざ死ぬのは許さない、お前は角野英一であると同時に【eraser】・スイ。お前個人の気持ちはともかく、『世界』は【eraser】・スイが必要だからこそ生み出した筈だから、『世界』の必要に応えてやれ。【dark】との闘いは、なにもエチサと一騎打ちだけでない……、そう言い聞かせて止めてきた。しかし自身の寿命が見えてきた上、相棒が見つかった今、止める材料はもうない。あいつは九条君に、君が【eraser】であることはどうしようもないが、わざわざ【Darkness】の許へ行く必要はない、と、言い聞かせるつもりなのだろう……あれでも一応、隠しているがな」
自分のトラウマを、吐こうが泣こうがあそこまで念入りに話したのも、まあ単純に聞いてほしかったのもあるだろうが、君を呆れさせる目的もあったろうよ、どこまで計算していたのかはさすがにわからんが。
半ば独り言のように、ぶつぶつそう言う彼女の顔を見ているうち、マドカには思いついたことがある。
「キョウコさん」
もの問いたげに眉を上げる彼女へ、マドカは訊いてみた。
「キョウコさんは俺を、九条君、って呼びますよね? でもあの人のことはスイって呼んでます。そこには何か……【管理者】として法則とか約束事とか、あるんですか?」
「そんなものはない」
彼女は即答した。
「彼には『角野英一』以外の、自身で立つためのペルソナが必要だった。私が彼を『スイ』と呼ぶことで、【eraser】・スイとしての人格を強化してきたのだ。最善の策ではないが、次善の策ではあったと今でも思っている」
「……そう、ですか」
ぼんやりした予想が当たり、マドカは心が陰った。
が。
(ならば。説得できる、かもしれない)
それに、同情でも流されてでもなく、自分の意思で『バディ』として共に闘うつもりであることも、理解してもらわなければならない。
虎の穴へ向かうような気分で、マドカはスイの私室のドアをノックした。