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6 最終対決へ④

 マドカは今、【home】の庭にいる。

 庭の端にある、名も知らぬ若木が作る木陰に寄り、座って眼下に広がる町並みを見ていた。



 この前は余裕がなくて気が付かなかったが、どうやらここは、小高い丘の頂上らしい。

 広めの芝生の庭がある、程よい大きさの一戸建て。

 【home】の外見はそんな感じに見える。


 丘から見える町並みは、マドカ達が住む町だ。

 馴染みのある建物の間を、馴染みのある車体の列車がのんびり走っているのが見える。


 ただし。

 この町の、()()()()()()()()()()()()筈。

 現実にはない丘の上にある、現実の何処にもない、家。


 マドカが今いるのはそういう場所であり、そういう場所にいるのを許されている、特殊な能力者が自分。

 いまだに信じられないが、信じるしかないここ数日間に起こったあれこれ。


(俺は……)


 本当のところ、どうしたいのだろうか?




「……それが。俺を探し出し、保護してきた目的なのですね」


 マドカの問いに、キョウコさんは真顔のまま淡々と答える。


「そうだ。だが、この件は命がけの仕事になる」


 その淡々とした答えの中にある怖ろしさに、マドカの中で何かが怯む。

 当然と言えば当然、そうなる話だろう。

 が、『命がけ』の本気さ加減にたじろぐのは、平和な暮らししか知らない子供の反射的な反応かもしれない。


「命がけだから、無理はさせられない。少しでも嫌だと思うのならば、むしろ参加しないでほしいくらいだ。この仕事は、高いモチベーションなしには行えない。この世を呪って世界を破滅させようとしている【Darkness】の相手など、甘い覚悟では対峙することも不可能だからな」


 また、彼女はこうも言った。


「君が参加してもしなくても、スイは寿命が尽きる直前、アチラへ行って【Darkness】の浄化を試みる予定だ。バディのサポートがあっても成功する確率は5割強。彼が単身で乗り込んでの成功は、おそらく1割に満たないだろう。だが、0ではない。そこにかけると彼は言っている。あの男は、エチサが【dark】そして最終的に【Darkness】になってまで世界を害するようになってしまったのは、自分の責任だと思っているからな。そこは……確かに否定できない。否定してやりたいが、彼が納得できるだけの根拠を、私はもちろん誰にも示せない。それに、彼女の浄化はスイというより、角野英一の悲願でもある。この件を、良くも悪くも終わらせるのは、彼が【Darkness】と命がけで対峙するしかなかろうからな」



「成功したらともかく。もし……、失敗したら?」


 マドカの問いに、さすがにキョウコさんは一瞬、詰まる。

 だが、やはり真顔で淡々とこう言った。


「【秩序】として、私が世界を破滅(カタストロフィ)へ導く。【dark】が起こす破滅のような、この世の地獄にはならない。一夜の夢のようにすべてが静かに消える予定だから、誰も苦しむことはない。そういう意味では……心配いらない」



(……心配いらないって)


 彼女の表情にためらいはあった。

 【管理者】の感情は我々人類と全く同じではなかろうが、それでも。

 長く付き合い、じっくり絆を結んできた人々に対して、彼女なりに愛情……少なくとも親しみを持っているだろう。

 出来ればやりたくない選択だと、無表情な彼女の瞳が語っていた。


 でもその瞬間が来たら、きっと彼女はすべてを無に帰す。

 一切ためらうことなく。

 そのために彼女は、ここにいるのだから。


 そこを含め【Darkness(エチサ)】の思惑通りなのかもしれないと、マドカはふと思う。

 出来れば自分で壊したいだろうが、しくじったとしても世界は消える。

 彼女(エチサ)の目的は達せられる。

 そのために行動してきたとも考えられる。


(そんなこと、スイもキョウコさんも、とっくにわかっているだろうけど)


 わかっていてもその道しかない、のだろう、おそらく。



 また列車が、今度は反対方向からやってきて走り去る。

 このさほど大きくない町にも、多くの人が暮らしている。

 知っている人も知らない人も、いい人も悪い人も。

 でも。

 これだけたくさん人がいるのに、誰も自分を顧みることはないという、深い深い絶望。

 サチエ(あるいはエチサ)が知る『世界』は、きっとそうだったろう。


 マドカも、彼女の体験ほどすさまじくはなかったものの、その片鱗は体感している。

 小学校の低学年から中学年の頃、散発的にイジリ(イジメといってもいい)の対象になった。

 実際に絡んでくるのは決まったメンバーだったが、その周りにいた同級生は全員、見て見ぬふりだったし、担任教師も、どこまで意図的だったのかあるいは本当に気付かなかったのか、放置の状態だった。


 瞬間的だったが、全世界を憎んだ。



(……それでも)


 破滅(カタストロフィ)は嫌だ。

 誰かの意思である日突然、自分の命や人生が刈り取られる理不尽は許せない。

 自分の命や人生が、自分の与り知らぬ理由で、与り知らぬ誰かの意思で翻弄されるということに、生理的ともいえる嫌悪が突き上げてくる。


(エチサ。あんたは自分にされてきたことを、あんたとは何の関わりもない、あんたが生きていた頃には存在さえしていなかった小さい子供にまで、するのか?)


 そこまで恨みは深く、復讐以外考えられないくらい、彼女は狂っているのだろうけど。


(ならば……、抵抗する。俺ごときじゃまったく歯が立たない可能性、高いけどな)



 マドカは静かに立ち上がる。

 彼の足元には、今までになく大きな、白銀の円盤が静かに輝いていた。

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