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6 最終対決へ②

「まず【dark】について、もう一度簡単に説明しよう」


 キョウコさんは話し始めた。


「【dark】はそもそも、物質の運動や生命活動の結果として現れる、自然現象に近いものだ。だからそこには本来、意思というものはない。ただ、作用に対する反作用的な存在ではあるので、運動や活動の進もうとする方向とは逆向きに向かう性がある。ポジティブかネガティブかといえば、ネガティブなものといえる」


 マドカはカフェオレを飲みながらうなずく。

 彼女の言うことが完全にわかるとはさすがに言えないが、そういうものがあっても不思議ではない、くらいには思う。

 しかし、と彼女は言葉を継いだ。


「単純に自らと自らの子孫の生命維持のためだけではなく何かを成そうとする、つまり複雑な思考や意思を持つ生き物――人類、のことだが。彼らの中に、ネガティブな意思の力で自らのすべてを【dark】に変える者が現れるようになった。その中で(ネガティブ)の力を強く持つ者が核となり、大きな【dark】の集団が形成されるようになった。その負の意思でまとまっている集団の核を――我々は、【darkの母体】あるいは【Darkness(ダークネス)】と呼んでいる」


(【Darkness(ダークネス)】……暗闇、ということか)


 邪悪、悪意という意味もあるはずだ。

 単純な『闇』以上に文語的な単語というか、心理的な暗さを示すのに使われていそうなニュアンスを感じる。


 スイはあの永遠の夕映えの中で、エチサを【Darkness】と呼んでいた覚えがある。

 スイが昔、顕現したばかりの能力で浄化したはずのエチサ。

 しかし、完全に浄化したのではなかった、ということなのだろうか。


「君もあの場所で見ただろう? あれはかつてエチサだった者で、スイの顕現のきっかけとなった【dark】だ。もっとも彼女が【dark】になった瞬間、若くて強い力を持つ【eraser】の浄化の力を浴びてしまったので、かなり勢力は削られたのだが。完全消滅には程遠い状態で、彼女――便宜上『彼女』と呼ぼう――は、自らの領域へ逃げて行った」


 キョウコさんはそこで一度言葉を切り、自分用にいれたカフェオレを一口、飲んだ。


「スイの能力が顕現した時。彼は、混乱と怒り、そしてすさまじい罪悪感と自己嫌悪に苛まれ、ほとんど狂っていた。彼女が消えても際限なく浄化のエネルギーを発し続け、体力が尽きて倒れこんだところを私が【home】へ保護したんだ。身体は今の彼の私室へ寝かせ、疲弊しきった彼の魂と精神は、私が古くから知る信頼のおける『タイプ・』の【eraser】に託した。彼は半年ばかり眠り続け……ようやく目を覚ましたが、抜け殻のようになっていた。ほとんどものも言わず、毎日ただぼんやりとしていた。目を離すと、思い出したように自傷を繰り返す彼に、手を焼いたものだよ……」


 それでも目覚めて半年ばかり経つと、彼の瞳にも多少は光が戻ってきた。

 そして、自分の状況と【管理者・ゼロ】である彼女のことをゆっくり認知してゆくようになった。


「彼に、故郷に帰るかと私は訊いた。しかし彼は、もうあそこには戻らないと言い切った。一番大切な女の子を守れず、むざむざ死なせた俺に何も言う資格はないかもしれないが、それでもあの町は腐りきっている。あそこへ帰るくらいなら、ホームレスになった方がよっぽどマシだしすっきりする、とな。ホームレスになるくらいなら私の仕事を手伝え、私はそう言ったんだ。彼が、類いまれな『タイプ・(スイ)』の【eraser】であり、潜在的に大きな能力(ちから)の持ち主なのは、最初に【dark】を退けた時からわかっているからな」


 彼女はそこで一度、大きく息をついた。


「実は……その頃から。【dark】の増え方が尋常でなくなってきていた。今までの消極的な管理では増大する【dark】を抑えきれないと、私もそうだが、【秩序(うえ)】も判断していた。現実(リアル)に介入してでも【dark】を抑えなければ、この世界は破滅カタストロフィへ向かう。いざとなれば【dark】に呑まれる前に、【秩序】としての判断で破滅そちらを選ぶようにとも、私は上から指示されている」


 突然の、あまりにもスケールの大きな話に、マドカは固まるしかなかった。


「そん、な……」


 からからに乾いた唇をなめ、マドカはかすれた声で言う。


「そんなにも。この世界は末期的なのでしょうか? でも、人の世が荒んでいるのなんて過去にもたくさんあったし、ある意味まともだった時代なんてないのが、人間の社会ってヤツでしょう?」


 キョウコさんはかすかに苦笑した。


「君の言うとおりだ。だが、『まともじゃない』規模や、それの広がる速さなんかが、今までとは桁二つは違ってきているのだよ。……たとえば」


 キョウコさんはふと、瞳を陰らせた。


「改めて訊く。九条君、君のフルネームは?」


「は? え? ……九条、マドカ、ですが?」


 首をひねりつつ答えると、彼女はごく真面目に問いを重ねる。


「マドカ、には、どういう意味が?」


「意味?」


 名前の意味などあまり真面目に考えたことはなかったが、そう言えば小さい頃、親に聞かされたことがある。


「マドカ、えーと、円とか丸とか。要するにそこから来ているそうです。転じて、円満とか安らかとか。えーと、人をまーるく包み込むような、器の大きい人間になってほしいとか、ナンかそんな願いも託したとかなんとか……」


 親の欲張りな願望に赤面しつつ、マドカは答えた。

 なるほど、素敵な名前だとキョウコさんはうなずいたが、真顔になってさらに彼女は問いを重ねる。


「何故、君の名前はカタカナ表記なのだ? もちろんカタカタ表記の名に問題があると言っているんじゃない。ただ、この国の、ほとんどすべての人間の名がカタカナ表記なのは、何故だ?」


「は…はいい?」


 それが一般的だから……と言いかけ、彼は違和感を感じる。


(あれ? そういえば……)


 幼稚園に上がる頃のことだ。

 持ち物に、平仮名で名前を書いていた母が、マドちゃんのお名前は本当はこう書くのと言いつつ、そばの反故紙に大きく書いてくれた記憶がある。


 『九条 円』


 ……と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにカタカナ表記なのは違和感がありましたが、それすら伏線だったとは!!!
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