5 サチエとエチサ②
「スイ!」
「先生!」
二人の声が重なり、スイは苦く笑う。
苦笑を浮かべる彼には全体にやつれが見え、お世辞にも顔色がいいと言えない。
「おい二人とも。そんな、化け物でも出てきたみたいに。俺が歩いていたら変か?」
「そうではない」
【管理者・ゼロ】は真顔で返す。
「お前は、お前の体感時間で26時間ばかりずっと眠っていた後、さっきまで寝たり起きたりで過ごしていただろう? 食欲も戻っていないし、単純にお前の体調が心配なだけだ」
「……そうですよ」
スイがあまりにも不健康な雰囲気なので、今は他人を気遣う余裕に乏しい傷心のマドカでさえ、胸が詰まった。
「大体、先生。この前ソファに倒れこんで、秒で爆睡だったじゃないですか。過労の状態だろうって素人にだってわかります」
「ああ……そ、それは、まあ……」
彼は若干気まずそうに目を伏せた。心なしか、顔が赤い。
ひょっとすると、マドカの目の前で【管理者・ゼロ】に運ばれたことを察しているのかもしれない。
しかしスイは、わざとらしく咳払いをした後、表情を改めた。
失礼するよとマドカに断り、ソファの空いた部分――マドカの左側に座る。
「確かに俺は今、お世辞にも体調がいいとは言えないが。それでも……九条君には出来るだけ早いうちに、言っておくべきことがあるんだ。今、君が来てくれているなら、俺は寝てる場合じゃない」
「……吐いたり倒れたりしても知らないからな」
苦い小声で【管理者・ゼロ】はそう呟いたが、不意にスッと立ち上がり、紅茶でもいれてくるといい置いてキッチンへ向かった。
ソファに落ち着いたスイは、ポロシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出し、紙巻に火を点けた。
今気付いたが、スイの両手首にはミサンガのようなものが巻き付いていた。
『角野先生』の彼は基本、長そでのシャツをきちんと着ていたから、今までマドカは気付けなかったのだろう。
「先生……」
呼びかけるマドカへ、スイは困った感じに目許だけで笑う。
「俺はもう『先生』じゃないよ、九条君。そもそも……『先生』と呼ばれるような立派な人間でもないし」
少し遠い目になり、彼は深く煙を吸う。
「君を傷付けた『安住サチエ』と俺の、古い因縁を話そうと思う。正直に言うなら思い出したくない話だが、出来るだけ感情を乗せず、事実だけを話すよう努める。……ここまで君を強く巻き込むことになるとは、こちらへ来た当初は思っていなかったが。アチラさん的にはそれも込みで、復讐…なんだと思う」
もう一度深く、彼は煙を吸った。
紙巻を支えている指が少し震えている。
「……因縁、ですか?」
注意深く問うマドカへ、スイはうなずいた。
「古い……愚か者の話だ。聞いて、君は君の心のままに、今後を判断してくれ」