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5 サチエとエチサ①

 マドカはいつの間にか、保健室の前にいた。



 安住会長と手分けして、『算数クイズ』を校内の各掲示板に貼った。

 当たり障りのない話をした、記憶もある。

 それではまた、と、クラブハウスの前で別れた。


 ホームルームへ向かうつもりだった。

 なのにマドカは無意識のうち、保健室へ向かっていたらしい。


「……どうした?」


 しばらく茫然とその場に立っていると、中から気配がしてガラガラと引き戸が開いた。

 音無こと【管理者・ゼロ】は、すでに出勤していたらしい。


「音無、先生……」


 そう呼びかけた瞬間、マドカの中で何かが崩れた。


「先生、さっちゃん先輩を返して下さい」


「九条君?」


「返せ、返せよ! 彼女はやっぱり、アンタらが【dark】のトコへ放……」


 最後まで言う前に、マドカはぐい、と、とんでもない力で腕をつかまれ、保健室の中へ引きずりこまれた。


「軽々しく【dark】と口にするな!……君、いったいどうしたんだ?」


「さっちゃん先輩が消えた。消えた消えたんです!」


 感情と同時に、涙があふれ出てきた。


「彼女は……もういない。いない! さっちゃんじゃなくて……ユキちゃん、なんだそうです。なんで……なんで!」


 彼女の瞳に、何かを察したような影が差した。


「……【転移】」


 音無、否【管理者・ゼロ】の冷徹な声がマドカの耳朶を打った刹那、ふっと、気が遠くなった。



 気付くとマドカは【home】のリビングにいて、あたたかいココアを飲んでいた。

 正面にあるラブソファには、白衣から黒いスーツに着替えた彼女がいた。


「今日、君は欠席だという届を出しておいた。いろいろ……言いたいことや訊きたいこともあるだろうからな。私もすべてを把握しているとは言いかねるが、起こった事象についてある程度は予測できるし語れるだろう。じっくり時間が取れるよう、こちらと現実リアルとの時間は4:1……つまり、あちらの15分がこちらの1時間に相当するよう、微調整しておいた」


 マグカップをテーブルに置き、マドカは変に乾いた瞳で彼女……【管理者・ゼロ】を見た。


「確認する。君が平静でなくなったのは、理数同好会の安住会長の名前が変わっていたから、と。そういうことか?」


 マドカは無言でうなずく。


「さっちゃんじゃなくてユキちゃんだとか何とか、君はさっき言っていたな。……ここに、生徒の名簿がある」


 言いながら彼女は、自分のすぐ横にあるファイルを差し出した。


「今年度の生徒の名簿だ。ああ、持ち出し禁止だとか守秘義務だとか、うるさいことは言ってくれるなよ。ここは、厳密にいうのなら現実リアルではないし、当然名簿を現実での某かに利用する意図もない。確認ができ次第、すぐ元に戻す。見てごらん」


 マドカはぎこちなく頭を下げて名簿を取り上げる。

 一年生から順に生徒の名前が、クラス毎に出席番号順で並んでいる。

 1-5には当然、マドカ自身の名があった。もちろん及川の名も記載されている。

 2-2には『佐倉リョウ』、2-3には『東山ヒロシ』。

 そして3-1。


「……え?」


 記載されている名は『安住ユキエ』、だった。


「この名簿は最新版、4月に作成されたものだ。あらかじめ言っておくが、私はこちらへ潜入した時、意図的に【ゆらぎ】を利用したし多少の目眩しも使ったが、名簿をいじったりしていない。短期間の潜入に、そこまでの小細工は必要ないからな」


 『安住ユキエ』の文字を凝視しているマドカへ、彼女は淡々と言葉を重ねる。


「ただ……我々が潜入した時点、5月上旬は。彼女は『安住サチエ』だった。少なくとも眼科健診の名簿は『安住サチエ』だった。……軽く遡って調べてみたところ、彼女はかなり早い時期から【dark】に目を付けられていた形跡が残っている。そして、君――【eraser】の若い有力な候補者が、ある程度成熟するのを待っていた様子も伺える。その【eraser】候補者が『()()()()()』と出会うよう、仕向けられていたと言っても過言ではない」


 言われた意味を理解するのに、マドカはしばらくかかった。

 出されたココアがすっかり冷める頃に、彼はようやく、口を開いた。


「……つまり」


 からからに乾いた唇をなめ、マドカは自虐的な笑いを交え、言った。


「彼女は俺を、ある種のゲームの攻略対象者的に狙っていた、と……ははは。俺はさぞ、チョロい攻略対象者だったでしょうね」


 冷めたココアをやけくそのように飲み干し、彼は続ける。


「でも、何故【dark】はわざわざ名前を変えて、俺に近付いてきたんでしょうか? 彼女の名前がサチエでもユキエでも、別に同じなのに」



「それは……、君ではなく、俺にとって意味があるからだろうよ」


 暗い声がマドカの後ろから響いてきた。

 振り返ると、半袖の黒のポロシャツにベージュのチノパンという、ラフな服装をしたスイが立っていた。

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