4 エン・顕現Ⅱ⑤
言われ、マドカは思い出す。
背中の真中を強く叩かれたような感触。
胸から飛び出ていた、白銀の、角張った棒状のナニか。
『さっちゃん先輩』もどきのアレが、すさまじい声をあげて苦しんだ……
「あの時は、こうやった」
スイが言うのと同時に、彼の身体から再び、ぶわりと陽炎のようなものが立ち……、それがおさまるとスイの手に、カーテンレールほどの太さの白銀の棒――どうやら、底面から頂点までかなり距離のある、四角錘――があった。
それを彼は実に無造作に、表情一つ変えず、頂点の側をマドカの額に刺した。
「ぐえ!」
思わず変な声が出たが、
「落ち着け。別に、痛くもかゆくもなかろうが」
と、やや面倒そうにスイに言われた。
マドカは息をととのえ、そろそろと指先で白銀の四角錘に触れようとした。
が、触れることはかなわなかった。
空気と同じというか……特に何もない、としか言いようがない状態だ。
これほどはっきり見えている(何しろ、この棒状のナニかが四角錘だということさえわかるのだから)のに。
脳がバグりそうだ。
アワアワしているマドカが憐れになったのか、スイは、ちょん、と四角錘に触れ、その存在を消してくれた。
その瞬間、マドカは腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。
あああ、ようやくまともに息ができる、と思う。
「……このように【eraser】の浄化の力は、【eraser】及び浄化する必要のないものには、基本、何も影響が出ない。まあ、現実の因果律が絡んでくると少々事情が変わってくる場合もあるがな、その辺はそう気にすることもないし、追い追いわかってもくる」
「はあ……」
しゃがみ込んだままスイを見上げ、気の抜けた返事をするマドカ。
スイは、さすがに気の毒そうに小さな苦笑をもらした後、真顔になる。
「レッスン0は終わったな。じゃあレッスン1『浄化の力を出してみよう』へ移る」
「は?」
「は? じゃねえ。最初から、実技だっちゅーとるだろーがよ」
スイはそう言った途端、不意に剣呑な気配をまとった。
(げ! せせせ、戦闘民族の気配!)
目をむくマドカへ、スイは意地が悪そうに笑んでみせた。
「どうやらお前さん、危機に瀕しないと力が出ねえようだからな。なら……死なない程度に揉んでやらあ」
「だー-! だだだ、駄目ですよ先生。イマドキの部活で、しごきはご法度ですってば!」
「それがどーした。所詮俺はなんちゃって教師だし、昭和の人間だからイマドキの事情なんかカンケーねえよ」
「そんな、都合よく昭和の人間にならないで下さい!」
「ごちゃごちゃとうるせ」
言い捨てた瞬間、彼の身体からさっきより更に剣呑な気配の陽炎が揺らめき立つ。
「ちなみに、だな」
スイは楽しそうに魔王の笑みを浮かべ、言う。
「【eraser】だろうが、生きてりゃ【dark】は発生する、当然だがな。だが厄介なことに、自分の【dark】は自分では消せねえんだよな。大抵は【世界の大いなる循環】様にお任せしてやり過ごしてるが、人間、長く生きてりゃイロイロと滓がたまってくるってもんだ」
本能的な恐怖に、マドカは中腰になってじりじり後退る。
「そこでふと思った。ひょっとして、【dark】もある程度なら、浄化の力みたいに扱えるんじゃないかってね。やってみたら……」
彼の周辺に突然、凶悪なまでに黒光りする、こぶし大の正四面体が複数、現れた。
「出来たんだよ、これが!」
ヒュン、とでもいう鋭い音と共に、黒い正四面体たちがマドカに迫る。
絶叫しながらマドカは逃げる。
しかし当然、逃げ切れる訳がない。
こつり、こつりと鋭利な角は、マドカを弄るように当たってくる。
痛い。メチャクチャ痛い。
おまけに、なんだかものすごーく、情けなくも腹立たしい気分になってくる。
「そいつは【dark】なんだ、当たると己れのネガティブな部分が刺激され、最終的には身動き出来なくなるぞ。ほれほれどうする? 【eraser】・エン?」
「……ちっくしょうう」
悔しさで目がくらむ。
この、ふざけたおっさんめ!
むかむかしているマドカへ向かって、黒の四面体が嬉しそうに、団体で寄ってくる。
「うらぁ、近寄るな、このくそボケ野郎!!」
叫んだ瞬間。
マドカは目の前が真っ白になった。
(あ、俺、負けた……)
小学生の頃によく遊んだ、有名なゲームのゲームオーバーの瞬間を、何故かマドカは思い出す。
周囲から黒の正四面体は、跡形もなく消滅していた。
そして、自分の足元に輝く白銀の、円盤状のナニかが広がっているのに気付く。
(……どんな厨二だよ)
脱力しつつ、彼は思った。
マドカは。
【eraser】・エン……能力者、なのだ。
アチラで浄化の光を出せたのは、どうやらまぐれでもたまたまでもなかったらしい。
そういう『器』を持って、マドカは生まれてきた。
逃げてもごまかしても、無駄。
……『わからせ』、られた。
「やれば出来るじゃねえかよ」
魔王様は至極ご満悦であらせられる。
ちくしょう。