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4 エン・顕現Ⅱ③

 思わずマドカは絶句する。

 スイは吸っていた紙巻を携帯灰皿へ入れると、真顔になってマドカへ視線を当てた。


「なぜ知ってるって顔だな。……気付かれてないと思ってた? 申し訳ないがバレバレだったよ。日常に突然まぎれ込んだ異物を、君はおびえると同時にすさまじく嫌悪していた。……もうひとつ、言い当てようか? これに類した、日常の中への異物の混入。君は今まで、特に幼少期、何度も経験している。違うか?」


「な……」


「なぜ知っている? か? ……俺自身がそうだったからだよ。以前(まえ)に言ったと思うがな。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』……ってね」


「せん、ぱい……」


 確かに、何やら意味ありげなニュアンスはあったが。

 あれは単に、『かつては高校生だった』教師としてのアドバイスだと捉えていた。

 第一、あの時の自分では、そう解釈する以外どう解釈すればいいのだ。

 そんな意味だとは思いもよらないではないか、当然。



 すっかり遠い目になってしまったマドカへ、やや気の毒そうな一瞥を当てたものの、スイは特に何も言わず、新しい紙巻に火を点けた。


「世界は、そこに住む住人が思うほど、確かでも硬質でもない」


 【管理者・ゼロ】が口を開く。


「もっと正確に言うのなら、世界とは膨大な数の粒子の集合体だ。細かな粒子は、何らかの理由で時に入れ替わり、それまでとは違ってしまう場合がある。我々が【ゆらぎ】と呼んでいる現象だ。しかし、それはあまりに些細な違いなので、『日常』というフィルターに遮られ、大抵の者は【ゆらぎ】に気付かない。しかし……中には気付く者もいる。どの程度気付くのかは、その者が持って生まれた【ゆらぎに対する聡さ】で決まる。君は……ずば抜けた【聡さ】を持っている。【聡さ】=【eraser】とは言い切れないが、限りなく『(イコール)』に近い『(ニアリーイコール)』だということは、これまでの経験上、わかっている。【dark】がある程度以上たまると【ゆらぎ】が起こりやすいこともわかっている。【dark】の浄化を性としている【eraser】は、例外なく【ゆらぎ】に対して聡いものだ。……君のように」


「ゆ、ら、ぎ……」


 それが、今まで自分を苦しめてきた『バグ』のことだとわかるが。

 頭が、理解を拒否しているのもわかる。

 なぜか涙がにじんでくる。


「さ、些細な……些細な違い。どこが!」


 声が裏返ってしまう。


「どこが些細なんだよ!俺は入園式で黄色いチューリップに感動したんだ、勝手に赤に変えんなよ! 友達の名前はヨシキだったんだ、トシキに変えんな! 池にいたのは、丸っこくて可愛い、金魚だったんだよ! なに勝手にカメに変えてんだよ! カメは……カメは元々、嫌いじゃないのに。おかげで見るのも嫌になっちまったじゃんかよ!」


「九条君」


「大体、あんた」


 ぐしゃぐしゃの顔で、マドカはスイをにらんだ。

 八つ当たりの自覚はある。


「なに勝手に、宇田先生と入れ代わってるんだよっ! 宇田先生、どこにやっちまったんだよ! チューリップや金魚みたいに、【dark】のトコへでも捨ててきたのか?」


「そんな訳なかろうが」


 【管理者・ゼロ】があきれたように口をはさむが、マドカはヒートアップしているので聞いてはいない。



 スイは黙って煙草を消すと、不意に立ち上がった。


「頭を冷やした方がよさそうだな。座学の時間はいったん終了、実技の時間だ」


 意味不明なことを言うとスイは、薄く笑んでボキボキと指を鳴らした。


「お前さんが間違えなく【eraser】だと、骨の髄までわからせてやる。とりあえず、表に出ろ」


 さすがにマドカはぎょっとする。

 八つ当たりの涙も引っ込んでしまった。


「は? え? い…いやいや先生、『わからせ』とか怖いこと言わないで下さいよ! 俺、ゲームとかメチャクチャ下手くそですから、『わからせ』てもらう必要なんか……」


「そこでまた、なんでゲームの話が出てくるのかわからねえんだけど。まあいい、安心しろ。ゲームなら俺も下手くそだ」


 ふふふ、と、彼は魔王じみた恐ろしさを醸し、笑ってみせる。


「ゲームみたいな指先だけの運動じゃなくて。全身運動だ」


「全身運動!!」


 マドカは青ざめる。


「ははは。も、もしかして、ななな、殴り合い、とか? 暴力反対!」


「ごちゃごちゃとうるせ。まあ、殴り合いみたいなもんだな。俺に散々ぶん殴られても、立っていられたら大したもんだ」


「やめてくださいよー! 昭和の番長漫画じゃあるまいし~」


「気の毒だな。俺は昭和の人間なんだ」


「んな訳ないでしょー!」


 絶叫も虚しく、上背のあるスイに首根っこをつかまれたマドカは、そのままズルズル連れ出された。



 ひとり部屋に取り残された【管理者・ゼロ】は、愛用のラブソファの背もたれに寄りかかり、フッと鼻息だけで笑った。


「なんだかんだ、いいコンビじゃないか。じゃあ私は汗をかくお二人さんのため、アイスレモンティーでも用意しておいてやろうか」

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[一言] 『わからせ』キターーー!!!!(大歓喜)
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