4 エン・顕現Ⅱ②
「大枠といわれてもな。私が知る大枠など、高が知れてるが」
【管理者・ゼロ】は少し困ったように眉を寄せるが、スイは首を振る。
「あんたが知ってて我々にも理解できる範囲を、かいつまんでで十分だ。第一、あんたでさえ理解できない『上の方』の摂理やシステム、その先にある基本理論なんかは、おそらく『人間』ごときには永遠にわからんだろうしな」
それなら……、と、彼女はしぶしぶのように語り始めた。
主に彼女が語り、スイが補足をはさみ、時にはマドカも質問し、何とか呑み込めたのが以下の話だ。
世界――宇宙、でもいいが、どのあたりまでを含めた宇宙なのかは不明――、は、創造主(と呼ぶしか出来ないくらい、上位の存在)が組み上げた、おおざっぱに例えるなら作品とかシステムのようなものらしい。
世界はシステム的に、循環することで自己完結するように組み上げられている。
生命活動も星の生死も、同じように大いなる循環のひとつ。
ただ……基本のシステムはそう整えられていても、多少の不具合はどうしても出てくる。
その不具合のうち、塵が積もってやがて大ごとになる【dark】の大量発生を抑制・浄化するシステムとして、創造主は【秩序】を設置。
その【秩序】の下位システムとして、特定の地域の【dark】の超過抑制と、浄化の能力を顕現させた【eraser】の管理をピンポイントで行う【管理者】。
それが彼女であるのだと。
「……【dark】とは物質や生命体の活動に伴い、どうしても発生する澱みや滓の、仮の名だ。だから時代や場所により、呼び名も変わる。【dark】自体は特に忌むべきものではない。たとえば、物体に光が当たれば影が出来るのが必然であるようなものだ。作用には必ず反作用が発生する。つまり世界の活動と【dark】の発生は表裏一体であり、元々は大いなる循環の一部として普遍的に存在しているものだ。が……」
彼女は軽くため息を吐いた。
「人間、という種がこの星に増え始めた辺りから。【dark】の発生が加速されるようになった。人間という面白い種の繁栄は、おそらく創造主の意図した作品の一部であろうが。しかし、人間という種は循環の中で素直に生きるのにあまり適していない。循環に抗うことで進歩するさだめを、種の性として組み込まれているからな、ある程度は仕方がない。だが、抗ううちに大きく道を外し、場合によれば人ひとりの魂が丸ごと【dark】となる場合まで発生し始めた。これは他の生き物ではあまり見られない特徴だ。対抗策として世界は、特定のものを器とし、効率よく浄化を働かせる仕組みを発生させるようになった。例えば、聖域と呼ばれる場所、長い年月それ自身が『循環』を体現し続けてきた大樹、そして。人間の中にも稀に、【dark】を浄化させる能力者が現れはじめた。その存在を総称し、我々【管理者】は【eraser】と呼んでいる」
マドカは身動ぎもせず、彼女の顔をみつめていた。
「間違いの無いように断っておくが。【eraser】は決して、君たちが想定している『神』に類するような聖なる存在ではない。増えすぎた【dark】を相殺し、世界がスムーズに循環するために生まれた『世界』という生命体の、ある種の自己防衛機能のようなものだ」
「乱暴に例えれば。呼吸によって酸素と二酸化炭素を交換する肺の肺胞、細胞から出てきた老廃物を濾過する腎臓の糸球体のような役割が、【eraser】だ。場合によったらナチュラルキラー細胞とか白血球みたいなもん……かもしれんがな」
スイはそう口を挟むと、ローテーブルの上の煙草とライターを取り上げた。
紙巻を取り出し、火を点けると大きくひとつ、彼は煙を吸い込んだ。
「そして……君もその【eraser】だ」
「……勝手に」
「んん?」
煙を吐きながら眉を寄せるスイへ身体を向け、マドカは思わず叫ぶ。
「はあ? 【eraser】? 俺が? 勝手にヒトを、消しゴム扱いしないで下さい! 冗談じゃない、俺、そんなこと別に望んでません!」
「九条君、望んで【eraser】になる奴はまずいねえよ。ある程度以上、いやほとんど全部と言って過言じゃないか、これは持って生まれた素質がモノを言う能力だからな」
苦みを含んだ笑みを、スイは、吐き出す煙にまぎらわせる。
「肺胞に生まれついているのにある日突然、俺は肺胞なんかやりたくない、今日から皮膚細胞になるんだなんて我が儘は通用しないだろう?」
「でも俺、ついこの間まで皮膚細胞でした!」
ふふん、とスイは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「皮膚細胞が、どうして『角野先生』は異物だと判断できた? そんな判断の出来た者が、あの高校に君以外、いたか?」




