2 中心は、0(ゼロ)Ⅱ⑤
倒れた(というか、転んだ)翌々日、ようやくマドカの体調は戻ってきた。
しかし大事を取って今日も休むことにする。
さすがに両親も心配し始め、医者へ行け行けとうるさい。
心配されているのはわかるが、医者へ行っても行かなくても大して変わらない気がするので、マドカは生返事をしてやり過ごしている。
音無が言っていた通り、本当にマドカは、自分が思うより疲れていたようだ。
倒れた日とその次の日、彼はほぼほぼ眠って過ごした。
『寝ても寝ても眠い』という状況は記憶にある限りで、生まれて初めてだ。
(これ…テストの出来がイマイチだったせいで、テンション下がって余計に疲れが出た気もするなあ)
昨日の朝は、午後から軽くテストの復習でもするかくらいは考えていたが、午前中いっぱい眠ったのにまだまだ眠くて、身体が思うように動かなった。
もう今日は徹底的に休むぞと決め、彼は昼食後、半ばやけくその気分でベッドへもぐりこみ、目を閉じた。
目を閉じると自然に眠っていて、はっと気付くと1~2時間は経っている。
(あ……ダメだこりゃ)
おそらく例のバグ騒ぎのストレスも、相当かかっていたのだろうと思い至る。
これはもう、腹を括って寝るしかない。
くそ、おやすみなさい!
さすがに倒れて翌々日に当たる今日、かなり体調は戻ってきた。
もう一日だけ休めば万全の体調になりそうな気がする。
何といっても腹が減ってきた。
昨日までは、食べようと思えば食べられるというか、自発的に食べたいというよりも、用意してくれてるんだから食べるかという感じだった。
だけど今日は朝起きた時から、何かがっつりしたものが食べたい気分だ。
午後になったら、オヤツがてらハンバーガーでも買いに行こうかとも思う。
「それならいいけど。ホントに具合悪いんならお医者さん行くのよ」
心配しながらも母は仕事へ出かけた。
というか、小さい子供じゃないから大丈夫だと、背中を押すようにして仕事へ向かってもらったという方が正しい。
「あんたは小さい時からちょいちょい、寝込む子だったからね。普段は健康そのものなのに、時々ガクッとくる体質みたいだね」
そういう時は『バグ』関連でショックを受けている時が多かったのだが、そんなことを母には言えない。
曖昧に笑って彼は、そうだねと答えておいた。
早めに昼食を食べ、スマホをちょっといじった後、マジメに己れの不出来を反省している彼は、軽くテストの内容をさらう。
どうしてもわからないところはノートへ抜き出し、まとめる。
明日以降、調べるなり質問しに行くなりするつもりだ。
(あー、腹減った)
時計は午後三時を回っている。
よし、ハンバーガーでも食べに行こう。
今日は風があるからか、さわやかで過ごしやすい。
身体がなまってきている感触もあるので、駅前まで歩くことにする。
どのチェーンのハンバーガーを食べようかなとか、ぼんやり考えながらマドカは歩く。
「九条君?」
不意に声を掛けられ、驚く。
駅の方向から歩いてきたのは、高校名の入った茶封筒を持った角野だった。
「やあ。ずいぶん顔色が良くなったけど、出歩いて大丈夫?」
「あ……どうも。ええはい、なんとか。スミマセン」
なんとなく罪悪感が湧いてきたのもあり、マドカは軽く頭を下げる。
角野は苦笑した。
「いや、別に謝らなくても。元気になったのはいいことだよ、ちょっと心配だったしね」
言いながら角野は近付いてきた。
「昼から時間が取れそうだったから、三時過ぎ頃お伺いしますって、一応君のおうちの固定電話の、留守録には入れたんだけど……」
「そうだったんですか? ずっと自分の部屋にいたせいか、気付かなかったです」
角野は手元の茶封筒を振ってみせた。
「これ、プリント類ね。課題やら採点済みのテストやら保護者の方へのお知らせやら、まあそういうヤツ。……ところで君、どこへ行くつもりだったの? ひょっとして、病院?」
「いえ。散歩みたいなものです。昨日までずっと寝ていたせいか、なんだか身体がなまるっていうか……」
「はは。そうか、回復したねえ」
安心したように笑う角野に邪気はない。
角野に対し、バグだバグだとマドカは身構えていたが、彼は本当に人間なんだとふと思う。
宇田先生のことを考えると複雑なのは変わらないが、角野自身に罪はないよなと改めて思い直した。
「まあでも、あんまり出歩くとまた疲れてしまうよ。……そうだ」
角野は辺りを軽く見まわし、言う。
「この辺に確か、ウチの管理人がオーナーやってるカフェがあるはずだ。そこなら店子割り引きもきくから、お茶しない?」
俺がのど乾いてきたってのが大きいけど、と言う角野へ、マドカは軽く笑って諾った。