1 中心は、0(ゼロ)⑨
ミーティングっぽい話はその辺で終わり、後はただ楽しく食べて飲んでおしゃべり……、という雰囲気になった。
おしゃべりの合間にマドカのこともちょこちょこ訊かれ、今回から一ヶ月ほど『仮入会』という形になった。
また、算数クイズで参加賞のストラップをもらった今年の一年生で第一号だと先輩たちから寿がれ、東山の音頭で乾杯もした……が。
これまでにこの参加賞をもらった者がいったい何人いるのか、皆無ではないものの片手でも余る程度ではないかと、ひそかにマドカは思う。
(あのクイズ、やってみたら確かに面白いんだけどさ。何かきっかけがないと、普通やらないよね……)
ぶっちゃけるとマドカだって、掲示板にクイズのプリントを貼っていた安住会長をたまたま見たから、興味を持ったのが本音だ。
もしあの日のあの時、安住会長と出会っていなかったら。
掲示板に張り出されている地味な算数クイズに、興味を持つことはなかったと断言できる。
「先輩方が作ったクイズもあるから、今度九条君にも見せるね。魔法陣とか、作りだしたらハマるし楽しいよ」
安住会長にニコニコしながらそう言われると、マドカとしてはなんとなく、算数クイズを作るためにこの高校へ入学したような気分になってくるから、不思議だ。
「はい、よろしくご指導下さい」
そう言って彼が頭を下げると、室内に温かい拍手が響き……今回のミーティングは、お開きということになった。
会員たちは手際よくゴミを片付け、ザッと室内を掃除すると、各々の荷物を持って外へ出る。
会長が施錠し、鍵を顧問の角野に渡すのを見て、ああそう言えば角野がいたんだ、と、マドカはちょっとびっくりしながら思う。
室内にいたにもかかわらず、角野は全くと言っていいほど存在感がなかった。
いる意味あるのかと思うほど、空気だった。
そしてそのことに、会員たちは何の違和感もない様子だった。
だが、別に顧問と会員たちの関係が悪い訳でもなさそうで、これが通常という雰囲気である。
高校の部活の顧問、特に文化系の同好会はこんな感じなのかもしれないな、とマドカは思う。
中学までと違って自主性を重んじるというか、常識の範囲の活動なら、本当にある程度は好き勝手していていいのだろう。
風穴があいたような清々しさと小気味よさに、思わずマドカの頬がゆるむ。
高校というところは意外と、楽に呼吸できる場所なのかもしれない。
いい気分でクラブハウスを後にし、校門へ向かうマドカのそばへ、さりげなく角野が近付いてきた。
「まだ仮だけど。入会、歓迎するよ、九条君」
「え? あ、ああ、アリガトウゴザイマス」
どうしても答えが固くなるマドカへ、苦笑じみた風に頬をゆがめた後、角野はふと真顔になる。
「これから会長の安住さんから、いろいろ指導があると思うけど。しっかり目を見開いて指導に臨むよう、顧問であり、先輩でもある俺の方から忠告させてもらうよ」
「……は?」
妙に意味ありげな言葉。
首をひねるマドカをその場に置いて、角野は、クラブハウスの鍵がついたキーホルダーを振り回しながら、飄々と職員室へ戻っていった。
「……しっかり目を見開いて……か。甘いなぁ、そんな曖昧な言葉で通じる訳ないでしょ? 角野先生」
校門から少し離れた場所にある大きな桜の木の陰から二人の様子をうかがっていた安住が、低い声でつぶやく。
「悪いけど。彼は私がもらうからね」
あなたにとってパートナーになり得る彼は、私にとってもパートナーになり得る素質がある、もの。
彼を手に入れられれば。
かつて彼女が切望したように、世界は一切合切、闇に沈んで無に還るだろう。
「そうしたら……あなたももう、苦しまなくていいのよ。……エイイチ君」