1 中心は、0(ゼロ)⑦
マドカはその日一日、なんとなくウキウキしながら過ごし、ちょっと迷いながらも放課後、クラブハウスの314号室へ向かった。
ドアを叩くと、今日は角野ではなく白衣をいい加減に着た、ひょろんとした少年が勢いよくドアを開けた。
「おお、期待の新人君だ!」
テンション高く叫ぶと彼は、マドカを手招きする。
「俺、2-3の東山。ヒガシでいいよ。一応副会長やってるんだけど、ほとんどはさっちゃん先輩にお任せの不良副会長でね」
マドカに椅子を勧めると彼は、テーブルに乗せられていた白い袋をガサガサさせ、スナック菓子とペットボトルの飲み物を取り出す。購買部で買ってきたらしい。
「ちょうどいいや。今日は月イチのミーティングの日だから、いつもは勝手やってる奴も顔出すし。あ、そう言う俺も大抵は化学実験室で実験やってる実験オタク。あともう一人、石だの地層だの、ついでに気象だのにハマってる地学オタクの女子もいるけど、そいつも二年生。ウチは昔から、数学部と理科部に分かれて好き勝手やってるのが伝統っちゃ伝統でね。数学部だった先輩がみんな卒業しちゃったから、数学部は今、さっちゃん先輩…って、つまり三年生の安住会長のことね、あの人ひとりになっちゃったんだよね。新人君は数学の方になるのかな? 算数クイズで記念品もらったそうじゃん?」
(……立て板に水)
マドカの頭に慣用句が浮かぶ。
よくしゃべる先輩だなぁ、とマドカは、感心すら通り越して持て余す気分になってきた。
それに。
別に、いいっちゃいい、のだが。
八割以上は入会してもいいかなと思って、今日ここへ来たのは事実だが。
すでに『九条マドカは入会確定』として話が進んでいるのも、本音を言うなら困惑案件だった。
「ああ、ごめん。俺ばっかしゃべってて。えーと……新人君。そういえば名前、なんだったっけ?」
「あ、九条です。1年5組の九条マドカといいます」
「九条マドカ。おおお、なんかカッコいい名前! 漫画とかラノベとかのヒーローみたいじゃん。俺なんか東山ヒロシなんて、だっさい名前なんだぜ~」
「え? はは、そうですか?」
どうとでも取れそうな返事をして、マドカは作り笑いをする。
「コラ!」
不意にドアが開き、また一人、見知らぬ女子生徒が現れた。
「ヒガシ、前のめりになりすぎ。せっかくの新入会希望者がドン引いてるじゃん」
彼女はつかつかと室内に入ると東山の向かい側に座り、ニコッとマドカへほほ笑みかけた。
きりっとした感じの、凛々しい女の子だ。
「ごめんね、東山がうるさくて。えーと、九条君? だったよね。いらっしゃい。まあ、ウチはこんな感じに、気楽~に、学校の設備を借りて好きなこと追求してるユルい会なんだ。会員はこんな感じ(と、東山を手で示す)、変人のオタクだけど気のいいヤツだし、会長は女神さまみたいにきれいで優しいし、当然私も後輩に優しい先輩だし。前向きに入会、考えてもらえたら嬉しいなと私も思ってるヨ。あ、私は2-2の佐倉リョウ。よろしく」
「……んだよお、リョーコも結構、前のめりじゃん」
東山がぶつぶつ言うが、佐倉ににらまれて口を閉ざす。
「私の名前はリョウ、リョーコじゃないって何度言ったらわかるのかな? 風船頭のヒガシくん」
東山は情けなさそうに眉を寄せた後、わざとらしく小声でマドカに言う。
「アレ、影の副会長・佐倉リョウ。逆らうとおっかないから、気を付けてね」
「聞こえていますわよ、東山副会長。新人さんに変なこと吹きこまないの」
いつしかマドカは、愛想笑いではない笑みを浮かべていた。
この二人のやり取りには、お約束らしいじゃれ合いのムードがある。なんだかんだ言いつつ、仲がいいのだろう。
「あ、今日はみんな、集合が早いんだね」
ドアが開き、優しげな声がした。
二年生たちが立ち上がったので、マドカも慌てて立つ。
さながら清らかな風が吹きわたるように、空気がさあっと一新する瞬間を、マドカは生まれて初めて体感した。
「九条君。来てくれたんだ、ありがとう。今日はゆっくりしていってね。二年生ともさっそく打ち解けたみたいだし」
ほほ笑む彼女は、佐倉の言葉ではないが、女神か聖母のようである。
「お、九条君も来たんだ。良かったなぁ、みんな。ようやく待望の一年生の会員候補が来たじゃない」
女神の後ろから現れたのは……マドカの個人的感覚では魔物か化け物以外の何者でもない、角野、だった。