表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/77

1 中心は、0(ゼロ)⑥

 翌朝。

 マドカは今日も早めに登校する。



 例の『特別製』らしいストラップは、悩んだ末、愛用のスマホにつけた。

 せっかくもらったのだから、と誰にともなく(自分に対してかもしれない)言い訳しながら。

 まあ、三角定規風の『三平方の定理』チャームに比べ、黒い球に『4/3πr³』の文字が浮かんだ『球の体積・公式』チャームは市販品に近いというかそこそこ洒落ていて、つけても安っぽさや違和感がない。


 いつも通り校門が見えてきた辺りでイヤホンを外し、ブレザーの胸ポケットへ仕舞う。

 一度足を止め、肩からずれそうになっていた通学用リュックのショルダーハーネスの位置を直す。

 そしてスラックスの右側のポケットからスマホを出し、操作をしていると、


「九条君?」


 と、後ろから声をかけられた。


(うわ、マジか!!)


 聞き覚えのありすぎる声、喜びよりも混乱が大きい。

 おそるおそる、マドカは振り返った。



 少し離れたところから、マドカのマドンナ・アズミ(安住、だろうか?)会長がゆっくり歩いてくる。

 曇りひとつないレンズの輝く銀縁眼鏡に、隙なくきっちり整えた三つ編みのおさげ。

 しわひとつないブレザーにプリーツスカート。

 野暮ったい、くるぶしまでのソックスはあくまでも真っ白で、足元はきれいに磨かれた黒のローファー。

 さながら、学校案内のパンフレットを飾る写真のようないでたちだ。

 毎日こんなにきちんとした格好をしていて疲れないのだろうか、と、マドカはふと思った。

 かすかな哀れさ……のようなものが、何故か胸をかすめる。


「おはよう。おとつい階段の踊り場で会った時も、早い時間帯から学校にいるんだなって思ったけど。いつも早いんだね」


「あ、は…はい、ソウデスね。ボク、早めに学校へ行く癖が昔からあるんです」


(あー、くそ。つまらないことしか言えないなぁ)


 焦りながら思うが、じゃあどういう話題だと気が利いているのか、マドカにはまったく分からなかった。

 こういう時に役に立たないなんて、何のために山ほど少女漫画(ラブコメ)を読んできたのかと、見当違いな怒りがわいてくる。


「あ、それ……」


 スマホヘ目をやり、彼女は笑う。


「記念品、もらってくれたんだ? 昨日はたまたま、進路説明会があったから私、クラブハウスへは行ってないんだけど。角野先生が渡してくれたんだね。角野先生は九条君のクラス担任だし、親しみもあるよね? 今年度からあの人が、ウチの顧問になったんだ」


「ああ……そう、なんですね」


 なんとなく連れ立って学校へ向かいながら、どうでもいい話をする。

 角野の存在は基本鬱陶しいが、先輩との話のネタになるなら、いいか。

 どこかふわふわとしながら、マドカはそんなことを思う。


「実はクイズの掲示、活動の一環として去年の秋から続けてるんだけどね。参加者がほとんどいないんだ。(まあそうかも、とマドカは思うが、さすがに言えない)途中から、三回参加で記念品進呈ってことにしたけど、実際に記念品を渡せるくらいクイズに参加してくれる人が、そもそもいないのが現状なんだよね。だから、そろそろやめようかなって思っていたんだけど……」


「ええ? そうなんですか? やめないで下さいよ、ボクあのクイズ楽しみにしているんです」


 うふふ、と、彼女は笑う。

 その瞬間、彼女の片頬に浮かぶ小さなえくぼに気付いた。ドキン、と彼の胸が鳴る。


「じゃあいっそ、作る方へ回らない? 九条君」


「はい?」


 間抜け面でそう問うと、彼女は表情を改めて立ち止まった。


「強制じゃないけど。入会しない? 九条君。記念品渡せるくらいウチのクイズに関わってくれた、それも一年生って九条君だけだし。少なくともいつ遊びに来てくれても大歓迎だから、まずは見学に来てね」


 じゃあ、と手を振ると、彼女は校門をくぐって三年生の教室があるB棟へと向かった。

 彼女が肩にかけている通学用リュック、それのファスナーの持ち手に、丸い、半透明の白っぽいチャームがついている。

 色以外はマドカがつけている、『球の体積・公式』ストラップに似ている。

 多分、マドカのと同じ『特別製』のチャームなのだろう。


(なんだか……おそろい、みたい?)


 思うと急に恥ずかしくなった。

 顔を赤くしたまま、彼は急ぎ足でA棟の自分のHRへ向かった。



 安住サチエは自分のロッカーへ荷物を入れようとして、通学用リュックに()()があるのに気付いた。

 白っぽい、小さめのスーパーボールほどの球形のチャーム。

 球の中央部分に、黒い文字が浮かんでいる。


「√2……ひと夜ひと夜に 人見頃…ってこと? …ふふっ」


 彼女の薄い唇が刹那、酷薄に歪んだ。


「……小賢しい。まあでも……」


 銀縁眼鏡の奥の瞳が、冷たく光る。


「しばらくはこのまま、乗っていてあげるね。()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 途中まではラブコメっぽかったのにwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ