プロローグ
【秋の桜子様作成 ありがとうございました】
すけいのせつりをとおしみろ
さきほそくたちぬ
まなひやにえんあらはこふ
もめてゆれるよ
わへむかうね
図形の摂理を通し見ろ
先細く立ちぬ
学び舎にエン・円・縁あらば乞ふ・恋ふ(?)
揉めて揺れる世
和へ向かうね
上記のパングラムは、【陸 なるみ】様よりいただいた、当作品のイメージパングラムです。陸 なるみ様、ありがとうございました。
「今度こそ見付かるよな」
髪を無造作に伸ばした青年が疲れた声で、ボソッとつぶやいた。
季節は春の終わり。時刻は夕暮れ。
眼下に広がる街は、黄色い夕陽を浴びてきらきら光っている。
どこにでもある地方都市。
適度に都会で適度に田舎な、のんびりとした街。
それを見下ろす小高い丘の上に今、ふたつの人影があった。
ひとりは先程、疲れた声でつぶやいた青年。
ややくたびれたブルーグレーのスーツと白いカッターシャツを身に着け、首元に地味なネクタイをだらしなく結んでいる。
しかし、無造作に伸ばした乱れた髪といい、たたずまいにある投げやりな気配といい、スーツ姿に相応しい堅気の職業についている者には見えない。
強いて言うなら、一昔前のターミナル駅によくいたキャッチセールス……が、彼の雰囲気に最も近いかもしれない。
「それはわからない。ただ可能性は高い」
響きのいい冷たい声がそっけなく答えた。
彼のそばに立っている、硬質な感じに整った容姿の細身の女性だ。
黒のパンツスーツに中ヒールの黒いパンプス。
清楚というか禁欲的というか……、葬儀場のスタッフのような印象でもある。
彼女はその冴えた美貌に相応しい、形だけ美しい笑みを口許に含み、言った。体温を感じさせない雰囲気は、高級ブティックのマネキンを思わせる。
「【dark】の気配がかなり濃い。【深淵】が今にも口を開けそうなくらい、この街の底で蠢いているのが感じられる、不自然なくらい。となると、惹きつけられている可能性が高い」
青年は皮肉そうに片頬を歪めた。
「【dark】の気配は感じられるのに【eraser】の気配はわからねえ。あんた、結局はポンコツじゃないの? え? 管理人さんよう」
弄るように青年は言うが、彼女の硬質な美貌に感情のゆらぎはない。
「ポンコツかどうかは私の知るところではない。私の使命は【dark】の溜まり過ぎによる【深淵】の発生を抑制すること、自浄作用を促すことだ。それ以上ではない」
青年の瞳に、やるせないような倦んだような影が差す。
「はいはいわかっておりますよー。自浄作用、ガンバリマース」
棒読みの彼の答えに、彼女は真顔のままうなずく。
「いい心掛けだ。それに、相棒がいればお前も仕事が楽になる。点ではなく面、さらには立体での浄化が可能になるからな。ひいては私も使命を果たすのが楽になるから、お前の相棒は真剣に探しているつもりだ。ただ【eraser】は浄化の力を発してくれなければ、私にもわからない。覚醒前の【eraser】を察知できるのは、【dark】だけだ」
青年は顔をしかめた。
おそらく、思い出したくもない記憶を思い出したのだろう。
ため息をひとつ落し、彼は、まばたきひとつしない彼女から顔をそむけた。
「スイ」
怜悧な声が青年を呼ぶ。
突き放した口調なのに、不思議と奥に遠慮のような気遣いめいたようなものを感じる、彼女独特の呼びかけだ。
この、あるかなきかのささやかな気遣いにほだされ、彼はこれまで、彼女に付き合い続けているといえよう。
まったくこの上ない愚か者・この上ないお人よしだと、自嘲的に彼は思った。
「お前、まず髪を何とかしろ。一回千円ほどの安い理髪店でいいから、そのだらしない髪を切ってこい。今回の潜入先は、世間的に真っ当中の真っ当といえる学校だからな」
フン、と青年は鼻を鳴らす。
「真っ当ねえ。学校はホントに真っ当な場所なのかねえ。ある意味、一番イカレた場所かもよ」
「お前と哲学問答や、暇つぶしの言葉遊びをする気はない」
ぴしゃりとそう言うと彼女は、刹那、背筋が冷えるような美しい笑みを浮かべた。
「今回お前は、学校の教師として潜入するのだ。目立たないよう心掛けろ、とりあえずは形だけでいい。お前の相棒は……多分、そこにいる」
ヒュウ、と彼は軽く口笛を吹いた。
「もしかして、かわいい女の子だったりする?」
「あるいは、かわいい男の子かもしれないな」
夢を叩き潰すようにそう言う彼女へ、青年は思い切り顔をしかめてみせる。
「へっ。ヤローがかわいくても俺的にはゼーンゼン、楽しくないっちゅうの!」