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Amavasya  作者: 多寡等録
7/7

最終夜 世界を渡る男

 目に見えぬモノたちがさざめく夜に世界を渉る。

 誰も知らぬ間に闇に溶け、満天の星空に微かな残像を残して。


 †


 街は、期待と緊張で溢れている。

 オレは大量の荷物を背中と両手に持って、雑踏に佇んだ。

 見知らぬ大勢の人々を眺めていると、妙な気持ちになってくる。

 微笑ましいような、物悲しいような、羨ましいような、哀れむような、そんな気分だ。

 以前は寂しさも感じていたような気がするが、今はそれに変わって慈しみが加わったように感じている。

「今年は少なめだな」

 世界を産んですぐの頃から、この街はこの日になると多くの人々が集まるようになった。

 人の数は年々増加の一途を辿り、暴動に発展するのではないかと危惧するようなこともあったが、近年では取り締まりが厳しくなり、今年はかなり厳戒態勢になっているようだった。

 それでも、他では見られないほどの人々がいる。

 先日のニュースでは、二百五十平方メートルに一万五千人も流動している時間帯があると報じていた。一万五千人ともなると、地方の町民よりも多い数字だ。

 オレは大きく息を吐いて、荷物を持ち直し、より人の多い場所へと踏み出した。


 サーオインの夜に、多くの人々が行き交う場所。

 それが、最も渡りやすい条件だった。

 オレが大荷物を持って歩いていても、誰も気にはしない。少し邪魔だなと思うぐらいだ。

 人出が少なくなったとは思えないほど混雑していて、屋外だというのに熱気を感じる。

「ユオ、大人しくしてろよ」

 傍に、人の形をとり始めた影に釘を刺す。

「心配性だな。誰も気づきやしないさ」

 誰もが他人に深い関心を持っていない。

 だから、有象無象もこの状態を好むのだ。

「蹴散らしたら意味がない、って言ってんだよ」

 すぐ近くを漂った無象に腕を伸ばしたユオを叩く。

 狙われていたことに気づいた無象は慌てて逃げ去り、ユオは唇を尖らせた。

「これから『無』に戻るんだ。少しぐらい遊んだほうがいい」

「騒ぎを作るなよ。来年、帰れなくなるぞ」

 これほど他人に無関心な大勢の人々が集う場所を他に探すのは難しい。

 人ひとり消えたところで、誰も気には留めない場所だ。

「さあ、お別れだ」

 信号が青に変わる。

 交差点に流れ出す人に続いて足を踏み出し、中央まで行かないぐらいで世界が歪み出す。

 誰かの笑う声も、大袈裟な嬌声も、わずかな心残りを漂わせ、遠くなっていく。

 離れる刹那に思う。

 また、この地に来ることができるのか。

 大切なものはそう多くはないけれど、失ってしまうには惜しいものたちの温もりが過った。


 †


 頬を刺す冷気に、いつの間にか閉じていた目を開く。

 果て無く続く濃紺の空と、淡く光る雪化粧の木々に帰ってきたのだと感じ、軸足はもうこちらなのだと実感する。

 物音ひとつしない静寂に、安らぎを覚えて息を吐いた。

 少し離れた丘の上に、揺らめく灯りを見つけた。

 この世界で熱と灯りを必要とするのは、オレの他にはひとりだけだ。

「朔」

 名を呼ばれてそちらを見る。

 完全に人の形をとったユオが立っていた。

 その姿は、知来のようであり、オレのようでもあって、正直不気味だ。

「寒いから、早く帰ろう」

 ユオからは白い息は溢れない。

 寒さだって感じていないはずだ。

 だから、その言葉はあちらで学習した、オレに対しての思いやりだ。

「――そうだな」 

 薄く積もったどこまでも続く雪景色に、一歩踏み出した。

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