第九話 大猫と波乱?
巨大な猫。
先程まであったビルと、大体同じ大きさ。
赤い首輪をしているので、おそらく依頼の猫だろう。毛むくじゃらのナニカは猫の腕だったのか。
『にゃあああああ!!』
爆音、すぐに鼓膜に魔力を纏わせて耐える。
……にゃあと鳴いたから、あれは猫だな。
「な、何だあれ!?」
右腕に抱えた赤色が驚いたような声を上げる。
どうした、かわいい猫ちゃんだぞ。確かまだ生後6ヶ月とかって話じゃなかったか?
「とりあえず依頼は成功かな? この後どうすればいいかは分からないけど」
背負った部長さんが言う。
しかしこれは成功と言っていいのだろうか。見つけはしたが、これではドアを外しても家に入らないだろう。
「新手の魔生物……だろうか。町へ向かうなら、相応の対処が必要になるけど」
魔生物な訳がないだろ。にゃあと鳴いたし、あれは猫だ。
この理論でいくと、ウミネコも猫ということになってしまうが、重要なのはそこではない。
「ないてる……」
「うお、夜露が喋った!?」
声を発しただけで驚かれる。だが今はそれもどうでもいい。
「鳴いてるのは、聞けば分かるだろう夜露くん。それはどういう意味だい?」
答えずに、3人を下ろす。
そして再度身体強化と加速。
「泣いてる…!」
魔波を合わせるまでもなく、理解できた。あの猫は、泣いている。
やばいぞこのままだと癇癪を起こして暴れかねない……!!
「灰色クン! 独断専行はっ……灰色クン!!」
跳躍、猫と同じ視線の位置。魔波を合わせれば、声が聞こえる。
『ごしゅじん、どこ? どこ? ここは、どこ?』
茶トラはパニック寸前の様子だ。町外れとはいえ、ここでパニックを起こされるとまずいので、なるだけ優しく語りかける。
やあ(´・ω・`)こんにちは。
『あなた、だれ? だれ? ここは、どこ?』
猫の鼻の頭あたりにしがみつく。
僕は君のご主人の知り合いで、ここは君の家の近くさ。
『ここは、どこ? どこ? いえは、どこ?』
ここは君の家の近くだよ。もうすぐご主人も来るから、一度落ち着こうね。落ち着けよ? 落ち着けってんだよ!!
『ごしゅじん、どこ? どこ? ごはん、どこ?』
頻繁に左右に首を振って辺りを見回す猫。
ごはんをねだるならと、残りの某おやつの中身を猫の口に放り込む。
オラ、食え! 食って落ち着け!
『ごはん、まだ? まだ? ハラ、ヘッタ』
今くれてやったので全部なんだよ!!
様子が変わる。いきなり暴れ出して、メシをねだる猫。
慌てて猫から飛び降りる。
荒ぶる2本の尻尾が、瓦礫を弾き飛ばす――雷鞭――前に尻尾は停止するが、全身を拘束するには威力が足りない。猫はかえって激しく暴れる。
『ゴハン、タベル、メシ、クウ、ヒト、コロス』
何か物騒なこと言い出した。
「灰色クン! 君、見たところアレと話せるんだろう!? こっちは任せて、行ってきてくれ!!」
バレテーラ……まぁいいや。やるだけやるまでさ……!
町の方へ飛ぶ瓦礫を対処していると、部長さんにそう言われる。
2度目の跳躍。今度は、猫の耳あたりにしがみつく。
『ゴハン、メシ、ヒト。タベル、クウ、コロス』
おい! 暴れるな! ご主人が怪我したらどうするんだ!
あれこれと言い聞かせようと試みるが、猫は聞く耳を持たない。
それどころか余計に激しく暴れ出してしまう。
『ウルサイ、シツコイ、オマエウザイ』
ってめぇなぁ……言って聞かせて分からない、怒鳴って聞かせて分からないなら、もう手は1つしかないんだぜぇ……?
耳から上に跳ねる。猫は、ようやく諦めたかと、町の方を向く。
ゴハンの匂い。
欲求に従い、目をギラつかせて町へ向かおうとするが、頭に衝撃。強制的に伏せの姿勢になる。
『イタイ! ナニ!?』
言って聞かせて分からない、怒鳴って聞かせて分からない。だったら多少強めに押さえつけてでも躾けるしか、ないよなあ!?(動物虐待はダメ、ゼッタイ)
『ナンナノ!? オマエ、ヒジョウシキ!』
うるせえ! 殴ってないからセーフ(ほぼアウト)だし、デカい子猫の方が非常識だろうが!!
もう滅茶苦茶であった。
だがその時、夜露は何かが猫の首元、首輪の影あたりに刺さっているのを見つける。
『ウルサイ、ダマレ、ドッカイケェ!!!』
またしても盛大に暴れようとする猫。
だが、そうはボランティア部が許さなかった。
「多少強引だが、止まってくれ! 猫クン!!」
金髪の雷鞭。だが今回は一味違った。
「後輩のアシストも先輩の勤めさ!」
魔力補助。
同じ系統の魔術を並列に繋ぐことで、魔力を通しやすくするものだ。
供給される魔力の量が上がり、強化された雷鞭。今度は猫の全身を拘束する。
と言うか、2人がここにいるなら、瓦礫の対処は赤色1人なのか? パワハラか? んん?
「ぬあぁあああ!?」
赤色は1人で対処していた。パワハラだった。
さて、雷鞭の方もそろそろギリギリだろうし、猫が暴れる原因にも見当がついた。ここらで「とっておき」を見せてやろう……。
躾けの時間だぜ、大子猫。
『ア゛ア゛アアア!!』
暴れる猫。押さえつける金髪と部長さん。瓦礫の対処で手一杯の赤色。
手早くいこう……詠唱開始。
【この手に掴むは希望の恒星】
魔法の文言。
喉のあたりを意識する。
【貴様が宿すは破滅の凶星】
文言は魔術のイメージの補完。
この場合1つ目の言葉で何を強化するか、2つ目の言葉で対象を選択している。
それと同時に、限界ギリギリまで右腕に魔力を込める。
【ならばこの手で打ち砕くのみ……!】
ここまでで魔法は完成する。でもカッコ悪いので技名も叫ぶ。
飛び上がり、首に刺さった何かに狙いをつけ、拳を構える。
身体から漏れ出る魔力が光を屈折させ、あたかも輝いているようにも見える。
『ガア゛ア゛アアア!!』
【穿て……超強化・右ストレートォォオオオオ!!!】
猫の首を弾き飛ばすような勢いで殴る。だが、ダメージは首に刺さった黒っぽい注射器のような何かにのみ集中する。
この魔法は、詠唱の二言目で指定したものを絶対的に破壊する。ただし代わりに他は傷つけない。
これはもともと家に出現した黒い虫殲滅用の技なので、そのあたりは繊細に作り込まれているのだ。
『にゃあああ゛あ゛あ゛!!』
やっぱり魔法は肌に合わないな……何となく小っ恥ずかしいし。
猫の魔力が霧となって薄くなっていく。やはりあの首のやつが原因だったようだ。
魔力を放出しきったころ、残ったのは子猫一匹であった。
「またしてもお手柄だね、灰色クン」
いやはや、何とかなって良かった……でもこれ、証拠は粉微塵になったけど、黒幕いるよな。あの注射器っぽいやつ人為的なものだろうし……破片の一つでも残ってないかな。トリモドキに刺してみたいのに。
「だが今回は少々独断専行が過ぎた」
……部長さん、見逃してくれないかな。破片探したいんだけど。
「本来私達は警察が来るまで耐えるべきだったんだよ。まあ、そのとき猫がどうなるかは分からないが……勝手に処理して事件なのか何なのかも分からなくするべきではなかった。ここまではわかるね?」
はい。
「じゃ、お説教の時間だよ、灰色クン」
……帰るの、遅くなりそうだな。
夜露は叱られながらそう思った。だが同時に、時にはこんなことのある日常も悪くはないと思い始めていた。
妥協をする男、夜露であった。
ちゃんと目を見て話を聞けと言われるまで、あと3秒。