第三話 唐突の出現?
僕が思うに、人の第一印象は見た目だけではなく、声や話し方にも左右されると思う。
身なりがどれだけ整えられていても、礼儀の一つも知らないような奴の印象は最悪であろう。
つまり何が言いたいかといえば――
「…………」
――僕は失敗したということである。
「……」
沈黙が、痛い。
そんなはずがなくても、今この瞬間は確かに質量を感じる。
トリモドキは器用に羽で腹を抱えている。絶対に後で焼く。
しかし、第三者の介入により、沈黙は破られることとなる。
「ガルルアァ……」
ご都合主義的に突然公園に現れるライオンのような生物。しかし身体からは魔力が滲みだしており、普通のライオンではないことは明らかだ。
おそらく、魔力の溜まりから自然発生した魔生物だ。
大きさは180cmほどだろうか。一体なぜここに。
魔波の応用で思考を読み取ればメシ、コロス、ツヨクナルとしか考えていない。本能に支配されきった動物の思考はこれ以上分からない。やばい。
仮称魔ライオンが現れてすぐに勢い良く飛び退く2人、考え事をして棒立ちのままの夜露。
前脚に力を込めている魔ライオン。
…ん?力を込めている?
「!?」
飛びかかる魔ライオン。
ギリギリのところで身体能力を強化する魔術、身体強化が間に合い、回避することができた。
が、納得できないことがある。
「っ……助けは!?」
あわや大惨事、という事態に二人がとった行動は様子見であった。
気持ちはわかるというか、棒立ちだった夜露に言える口ではないが、最下級のものでいいからせめて中、遠距離系の魔術で牽制くらいしてほしかった。
四十九ヶ崎 夜露は、その特異な魔波の性質上、身体の外に魔力を飛ばすことを苦手としている。放出しても周囲の魔力と混ざってしまうので、ほとんどの魔術が使えないのだ。
「っ! す、すまん!」
「すまないっ!」
魔生物の突然の出現にパニクっていたのか、夜露の声でようやく動き出す2人。
赤色は手のひらほどの大きさの炎球を、金髪は地を這う雷を魔ライオンに放つ。
が、
「――グルルァァァアア!!」
咆哮、同時に魔力の放出。魔術は届く前に消滅する。
放った魔術は、放つ際に込めた魔力を超える量の魔力を浴びると、掻き消されてしまうのだ。つまりこの魔ライオン、そこそこの魔力を持っているとみていいだろう。
さらに、身体強化などで魔力を身体に纏わせていない場合、放出された魔力の魔波に自分の魔波を狂わされて魔波酔いを起こし――――
「――っっ!!」
「灯くん!」
身動きが取れなくなる。
金髪は飛び退くタイミングで身体強化を発動させていたようだ。
動けない赤色に、魔ライオンは追撃を仕掛ける。
あれ? これ普通にまずくないか……っていうか、動けるの僕だけ?
魔術の行使には脳のリソースを割く。身体強化などの例外はあるが、大抵の場合、魔術を撃ちながら他の行動を取ろうとすると、どちらかにラグが発生してしまうのだ。
金髪は地を這う雷を撃った直後。動けるのは夜露だけであった。
「……っづ!」
身体強化。ぐちゃぐちゃな魔波に対応できるのは、それを15年浴び続けてきた己の肉体だけ。
物心ついたころから、身体強化のみで生きることを覚悟していた夜露のそれは、骨と皮だけと言われるような身体でも、10m程度であれば一瞬のうちに距離をつめられる程の強化量があった。
魔ライオンの異常に発達した爪が赤色を切り裂く寸前に、押し出すことには成功する。
しかし、自分が離脱するタイミングを、夜露は考慮していなかった。
「夜露くん!!」
叫びながら、雷鞭で魔ライオンを痺れさせ、動きを止めさせる金髪。爪が目の前で止まっている。ナイス。でも実はそれくらいなら当たっても平気なのは言わないでおく。
「ぐっ…くっそぉおお!!」
立ち上がりつつ、身体強化。反省を活かして反撃に移る赤色。
さらに付与:炎により、炎を拳に纏わせた貫手を食らわせる。
魔ライオンの臓物は内側から焼き尽くされる。
「ギィァァアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
叫ぶ魔ライオン。
ちなみに、炎を纏っても手が焼けないのは、あくまでも炎が自分の魔力の延長線上でしかないからである。魔波が合えば、魔術の効果は薄まるのだ。
雷鞭で致死量の電流を流され、内臓が焼け爛れても尚、魔ライオンは抵抗を続ける。
魔生物は身体の魔力が完全に機能を停止するまでギリギリ生きているしぶといやつだというのもあるが、身体強化のように身体に魔力を纏うことで、魔術の効果を薄めているのだ。
「良い加減……くたばれッ……!!」
しかし、身体強化もどきはもどきでしかなかった。
夜露は動けない魔ライオンを容赦なく殴りつけ、それと同時に目を潰す。さらにそのまま指を突っ込み、頭蓋骨を割ろうとする。
「ガグアアアァァアウゥゥ!!」
メキメキと、骨の折れる生々しい音が響く。
幾ら命がかかっているとは言え、躊躇わずに目を潰し、そのまま指を突っ込み頭蓋骨を割ろうというのは、人としてどうかと思う。他2人はドン引きだった。
「ガ……ァ…………」
絶えず致死量の電流を浴びせられ、内臓が焼け、頭蓋骨がバキバキになった魔ライオンは、安らかとは絶対に言えない最期を迎えた。
身体を維持できなくなり、構成していた魔力と物質が一か所に集まり結晶化する。魔生物は死ぬと、身体が手のひら大の宝石のようになるのだ。これを魔晶石化という。
「やった……のか?」
おいフラグやめろ。……まあ、魔晶石から生き返るようなことはないと思うけど。
「……どうやら、倒せたようだね。皆怪我がなくてよかった……」
金髪はこんな時でも爽やかだった。
緊張の糸が切れ、夜露も呑気なことを考えはじめると、魔ライオンだったものに手を合わせている赤色が妙なことを言い出す。夜露も一緒に手を合わせておく。
「ひょっとして、これが入部のテストだったのか?」
……部?
「かもしれないね。部長さんはテストをすることと、場所以外は教えてくれなかったし」
……ひょっとして、学校で説明された系?
「ふむ、今年は粒揃いだな」
「「部長さん!」」
待って、待ってくれよ。
背中の真ん中あたりまで伸びた真っ黒な髪。部長さんと呼ばれた女性は腰に手を当て、仁王立ちしている。
それ以上は夜露には眩しすぎて認識できない。光り輝いてる。夕日で。
制服の上から作業着のようなものを羽織っているのはよくわからないが、ネクタイの色的におそらく2年生だろうか。
歳は金髪に倣い、考えないこととする。
「よし、君たちを正式にボランティア部部員として認めよう!」
今日、学校サボっちまったんだよ……!
かくして、夜露があれよあれよとしているうちに、よくわからない部活に入ることが決定してしまった。
トリモドキは、いつのまにか過呼吸で倒れていた。いい気味だ。腹パンで起こしてやろう。