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江戸の町


 十六歳になった甚四郎は、晴れて行儀見習いを卒業し、一人前の手代への修行として山形屋の日本橋店での奉公を申し渡されていた。 

 からっ風に煽られて寒さに首をすくめながら、甚四郎は江戸日本橋の(たもと)にある山形屋日本橋店の暖簾をくぐると、あちこちで見覚えのある先輩たちが立ち働いているのが目に入った。


「御免下さい。八幡の本店からこちらに奉公替えになった中村甚四郎です」

「おお、待ちかねたぞ。とりあえず、草鞋(わらじ)を脱いで足を拭うと良い。今部屋に案内させるから」


出迎えてくれたのは日本橋店の番頭であり、山形屋の江戸支配人でもある西野嘉兵衛だ。


 日本橋店は山形屋の江戸支店第一号店で、徳川幕府の開祖徳川家康公の御世に山形屋初代の西川仁右衛門が開いた由緒正しい店だ。

 日本橋一丁目のこの辺りには他にも八幡商人の扇屋や大文字屋が軒を並べ、天下に冠たる近江商人の隆盛を誇示していたが、その中でも山形屋は日本橋に一番近い角地に店を構えている。伝統ある近江商人の中でもその地位の高さを伺わせた。


 甚四郎が言われた通り草鞋を脱いで足を拭っていると、奥から茂七がやって来た。


「おお! とうとう来たな!」


 笑顔で迎えてくれた茂七は、江州訛りもすっかり無くなってあか抜けた江戸町人となっていた。以前に見た時よりもますます大人びており、一人前の手代としてバリバリと活躍しているという自信が年相応の落ち着きを感じさせるようになっている。


「茂七さん。おかげ様でこちらに奉公替えとなりました。今後ともよろしゅうお願いします」

「ははは。相変わらずの江州訛りだな」

「茂七さんはずいぶんしゃべり方が変わらはったけど、江戸暮らしが長いと皆そうなるモンやろうか?」

「そうとも限らん。しかしまあ、お客が聞き取ってくれなければ、こちらが直していくしかなくなるからなぁ」

「はあ……そういうモンですか」

「そういうモンだ」


 相変わらず間の抜けた甚四郎の様子に笑いながら、茂七が店員宿舎に案内してくれた。


「山形屋の伝統で、江戸や京の支店には女中は置かん。日常の掃除はもちろん、針仕事や洗濯なんかも自分たちでやらねばならんから覚悟しておけよ」

「噂には聞いています。それが辛くて奉公を途中で逃げ出す者もおるとか」

「ははは。まあ、それだけでもないが……。何せ江戸は誘惑が多い町だ。お前も途中で誘惑に負けないように気を付けろよ」

「へい」


 宿舎について荷を下ろすと、甚四郎は懐からお守りを取り出した。旅立つ甚四郎に多恵が持たせてくれた手作りのお守りだった。


 到着したその日は一日休養が与えられ、翌日から本格的に江戸日本橋店での丁稚奉公が始まった。早朝には近所の女房が二人やって来て飯炊きだけはしてくれたが、女中ではないのでそれ以上の仕事を頼むことは出来ない。

 そして、昼と夜は残った冷や飯を食べるのが日常だった。


 もっとも、それは山形屋に限らない。

 この時代にはわざわざ手間のかかる飯炊きを三度の食事毎にやっている家など無かった。当然、八幡町でもそれは同じだったので、甚四郎にも違和感は無い。

 甚四郎が違和感を覚えたのは江戸の商家についてだ。


 朝、夜明け前に起きていつものように掃除に掛かっていたが、周りの商家にはまだ働いている様子のない店があることに驚いた。

 八幡町では朝寝坊をしていたら番頭さんから算盤(そろばん)で頭を殴られたものだ。


「江戸では夜が随分遅いのですか?」


 ある日、気になって茂七に聞くと、笑いながら答えてくれた。


「八幡商人は夜明け前から働くことを良しとするが、他郷の商人はそうでもないらしい。

 日本橋界隈でも、扇屋さんとか大文字屋さんなんかはウチと同じように夜明け前から立ち働いているよ」

「そうなんですか……」


 噂には聞いていたが、歴代の八幡商人が江戸で成功を収めてきたのも、そうした人一倍の努力があってのことなのだと改めて思い知った。


「これ、洗っておいてくれ」

「これも頼まあ」


 掃除が済むと、先輩手代達から次々に洗い物を頼まれる。甚四郎は店員の中では一番下っ端なので、頼まれた雑用はせっせとこなした。

 中でも洗濯は思っていたより重労働だった。


 多恵がよく着物を汚すと怒っていたが、自分でやってみて怒りたくなる気持ちが分かった。

 一日の中で午前中はほぼ洗濯に費やされる。冬の冷たい水はしもやけになりそうな程辛かったが、甚四郎は文句ひとつ言わずに働いた。


 ――必ず一人前の商人になる


 そう念じて胸のお守りを握ると、なにくそと頑張る力が湧いてくるのだった。


 洗濯物を干し終わって、昼からは店の前の掃き掃除に移る。江戸は埃っぽい町で、朝に店員全員で掃除をしても午後には店の前にチリが積もってしまっていた。


 掃き掃除をしながら道行く人を見ていると、八幡町とは違い様々な言葉が通りを飛び交っていた。

 身なり一つとっても威儀を整えて歩く武士も居れば、町人でも贅沢な絹の小袖を纏った旦那衆も居り、ボロボロの木綿の小袖を纏って天秤棒を担ぐ者まで様々だった。


 日本橋は五街道の起点と言われるだけあって旅人や荷駄の馬も大勢店の前を通ったし、目の前の堀川には墨田川から続々と小舟が荷を届けて来る。山形屋にも三日に一度ほど蚊帳と畳表を下ろしに来る小舟が訪ねて来た。


 一日掃除と洗濯と小舟からの荷下ろしに時間を使い、夕食を食べ終わると読み書きに加えて算盤の練習をした。

 算盤を扱えないと手代として働く事は出来ない。何よりも大切な売上金の計算ができないし、お客から受け取った代金のお釣りも計算できなければ話にならない。


 甚四郎も丁稚奉公を始めた当初から練習をしており、既に充分に算盤も扱える。だが、それに慢心することなく今でも習慣として続けていた。

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