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店を保つということ

利助と甚四郎が代官屋敷に乗り込む前のこと。


 甚四郎は多恵と別れた後、感情のこもらない目で左義長の火を見つめていた。奉火の盛りは過ぎ、もうだいぶ火が小さくなっている。


 ――もうすぐ火が消えるな


 この火が消えたら全てが終わる。もう何もかもがどうでもよかった。

 商人を目指す意味も消えた。だが、五兵衛に借りを返さないままにもできない。あとは惰性で生きていくだけになるかもしれないなと、火を見つめながらぼおっと考えていた。


 ――親父に手ぇ合わしに行かんとな


 何故ともなくそんな事が頭に浮かぶ。自分の中では既に多恵のことを諦めているのだろうか。

 怒ればいいのか、悲しめばいいのか、何をすればいいのかも分からないまま、段々と小さくなる火を見つめていると、ふと隣に人の気配がした。


「ここにおったんか」


 甚四郎が声のした方を向くと、利助が切れ長の目で見下ろしていた。多恵との会話が急に頭の中に蘇って来る。


 ――旦那様に言われた


 利助の顔を見た瞬間、突如として怒りが込み上げてきた。利助が多恵を代官に差し出したのだ。利助が余計なことを多恵に吹き込まなければ、こんなことにはならなかった。

 そう思った瞬間、甚四郎は勢いよく立ち上がって利助の胸倉を掴んでいた。


「お前! なんぼ俺のことが嫌いやからいうて、多恵を巻き込むことはないやろう!

 俺が気に入らんのなら俺のクビを切ればええ話やんけ! なんで多恵まで巻き込むねん! ええ加減にせえよ!」


 迫力に押されてされるがままになっていた利助が、苦しそうな顔をして甚四郎の手を振り払った。


「放せボケ! 何を勘違いしとんねん。全ては山形屋のためや」

「山形屋のためって……そんな事の為に多恵を!」

「山形屋を保つためには何でもすると言うたはずや!今ウチが潰れてみい。一体どれだけの職人や百姓が苦しむ事になるか考えた事あるんか?」

「な、何を……」


 即座に意味が理解できずに、眉根を寄せて利助の顔をまじまじと見る。相変わらず顔立ちは整っていたが、その目にはゾクリとさせる迫力があった。


「山形屋との商売でメシを食ってる人らの事を考えた事あるんかと言うてるんや。

 黙って聞いてりゃあ、盛りの付いた犬みたいに女のことばっか吠えやがって。俺には何百という人達の暮らしを守る責任がある! お前みたいに女一人にうつつを抜かしてるヤツを見ると、虫唾が走るわ!」

「そ、そんなん……」


 正直に言えば、今まで考えた事もなかった。


 今まで出会った様々な人達の顔が浮かんだ。

 八幡町で畳表を納品しに来ていた農家の女房達。染職として山形屋の蚊帳染めを請け負っていたきぬの夫。夏は蚊帳を売っていますと笑っていた雇夫の仁兵衛。畳表の張替えに汗を流す職人達。

 自分の仕事が彼らの暮らしの支えになっている。仮に店が潰れれば、その人達も路頭に迷わせることになる。その現実を、利助は宗十郎だった昔から意識し続けて来たのだろう。


 そこまで思い至ると、甚四郎はうなだれる事しか出来なかった。背負っている物が違う。


「フン。ようやくわかったか、ボンクラ。ほな、行くぞ」


 甚四郎は何を言われているかわからず、もう一度利助の顔を仰ぎ見た。


「行くって、どこへ?」

「代官屋敷や。当主(オレ)の本気の『商談』をお前に見せたるわ」


 そう言うと、利助は甚四郎を置いてさっさと歩きだした。甚四郎は訳も分からず利助の後を追いかけた。


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