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05 終わりからの始まり

「いえい! お疲れさん! ……って、おいおい、なに暗い顔してんだよ。やっと念願の復讐が果たせたんだぜ。もっと喜んだらどうだ?」


 蜂の巣となった白雨の遺体が血溜まりの浴槽の中に沈んでいくのを見届けた憑魔は、溜め息をついてシャワールームを出た。


 一方の篠介は、部屋のテーブルに用意されていた高級ワインの栓を開けて一気飲みし、我が物顔でソファーに腰掛け、嫌がって逃げようとする女たちを無理やり両腕に抱いて豊満な胸を揉みしだいていた。完全に遊び気分に浸り、ほうけてしまっている篠介の姿を見て、憑魔は自分の復讐劇がこれで終わってしまったのだと思い知る。


 あまりに呆気なく終わってしまったことに拍子抜けしたところもあり、有頂天な篠介とは反対に、憑魔の気持ちは沈み、大きな溜め息を一つ吐いた。すると次の瞬間――


 それまで体の内でみなぎっていた力が不意に抜けて、しぼんでゆく風船のように、憑魔は脱力してその場に膝を突いた。


 顔から大量の汗が吹き出し、心臓は激しく動悸どうきして、目の前が霞む。息が苦しくなり、憑魔は喘息のように荒々しい呼吸を繰り返しながら、その場に蹲った。


「やはり無理がたたったな、マスター」


 憑魔の腰に携えられた金色こんじきの銃が黒い煙となって溶け出し、金髪少女の姿へと戻ってゆく。


「あれだけ派手に動き回れば、その分より多くの魔力の消費する。だから当然、我もマスターの体からより多くの精気を吸い取って魔力に変換せねばならん。魔力を自力で生み出せぬ今の我の体では、マスターの精気に頼るしか方法はないのだ」


 ウニカは弱ってしまった主人の前で淡々とそう説明する。そんな彼女の表情にはどことなく苦悶の表情がにじみ、若干ではあるが自分に罪の意識を感じているようだった。


 自分の背中をさすってくれるウニカをちらと見て、憑魔はふっと口角を上げて問い掛ける。


「……なんだよ……俺を、心配してくれてるのか?」


「なっ……かっ、勘違いするでないぞ! あの時マスターが我の力を求めたから、我はその言葉に従ったまでで、マスターの体から精気を吸い出すのは当然の対価なのだからな!」


 ウニカはそう言って、赤くなった頬を膨らませてプイとそっぽを向く。


「んなこと俺が一番分かってるさ……だから、暫く休ませてくれ」


 そう言い残して、憑魔はだらしなく床に倒れたまま、深い眠りに落ちていった。



 次に憑魔が目を覚ました時、外はもうすぐ夜明けらしく、窓の外が徐々に明るくなり始めていた。


 確かさっき床に倒れ込んでそのまま眠ってしまったはずなのだが、目が覚めると自分が部屋の隅にあるベッドの上に横たわっていることに気付き、憑魔は驚く。


「おっ、ようやく目を覚ましやがったな、相棒。ったく、いつまで寝てやがるんだよお前は」


 寝ぼけた眼を擦りながら起き上がると、ベッドの脇に篠介がドサリと腰を下ろした。


「ったく、あの裸の女たちと朝までイチャイチャしてやろうと思ってたのに、お前らがベッドを占領しちまったから、奴ら全員服着て帰っちまったよ。あ~ぁ、俺のお楽しみを台無しにしやがって」


 そう文句を垂れている篠介を横目に、憑魔はふと自分の寝ていたベッドの隣を見た。


「……むにゃ……ましゅたぁ……パンケーキ……うへへ……」


 そこには、小さく寝言を漏らしながら口元からよだれを垂らし、だらしなく両脚を広げたまま眠ってしまっているウニカの姿があった。


 大勢のヤクザたちとあれだけ派手な激戦を繰り広げ、それでいてケロリとして高飛車な態度を取っていたウニカだが、実際はあの小悪魔も、自分と同じくかなり疲れを溜めていたのかもしれない


「……ありがとう。お前のおかげでどうにか念願の復讐は果たせたよ。……これからは、暴れるのも大概にしておかないとな」


 憑魔は熟睡しているウニカの穏やかな寝顔を見てふっと顔を綻ばせ、彼女の体の上にシーツをかけてやりながら、そう独り言ちた。


「――おいおい、何言ってんだよ相棒、本格的に暴れるのはこれからだぜ」


 すると、隣に座っていた篠介が藪から棒にそう言い放った。


「何だと?」


「よく考えてもみろよ。これで白雨組は完全に壊滅した。つまり白雨組の勢力圏だったこの町を牛耳る奴が居なくなったわけだ。この絶好の機会を逃すわけにはいかねぇ。……分からねぇのか? とうとう俺たちの時代が来たんだよ、マッキー」


 篠介は野獣のようにぎらぎらと瞳を輝かせてベッドから立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて憑魔に歩み寄る。


「この時が来るのをずっと夢見てたんだ。いつかこの俺にも天下を取るチャンスがきっと巡ってくる。そうすれば、きっとお前の親父にも匹敵する力を持てるようになるって信じてたんだ。……そして、まさに今がそのチャンスの時なのさ!」


 憑魔は欲望に満ちた篠介の目を見て、彼の企みに気付く。


「……例の、自分の組を立ち上げようって話か?」


「ご名答っ‼︎ 天下の「村雨組」の誕生に乾杯しようじゃないか」


 篠介はテーブルに置かれた二つのグラスにワインを注ぎ入れ、両手に抱えてやって来る。


「――ただし、俺一人だけの力じゃきっとこの夢は果たせねぇ。組織拡大を狙う組は、当然その周囲の組から反感を買うだろうし、奴らは俺たちも潰しにかかって来るだろうな。『出る杭は打たれる』ってやつさ。――で、俺の銃だけで奴らを一掃するにも限度ってもんがある。……そこで、マッキーとお前の使い魔の出番さ。俺たち二人で手を組めば、まさに鬼に金棒。お前の相棒の力があれば、極道の頂点に立つなんざ訳ないだろうよ…… どうだ? 一口乗らないか?」


 そう言って憑魔の前にグラスを差し出す。


 篠介はいつも何かしらに飢えている男だ。ある時は闘争に、またある時は権力に。そして、その乾かぬ欲望を満たす為ならどんな事でもやってのける。


 昔は羊のように大人しかった篠介が、こんな血に飢えた狼に豹変してしまったのは、きっと六年前に起きたあの出来事が引き金となっているのだろう。


 事実、憑魔自身もあの日以来、憎しみに囚われ続ける復讐の獣と化してしまっていた。


(蛇の道は蛇、か……変わっちまったんだな、俺たちも……)


 憑魔は心の中で、自身の抗えない運命を感じたような気がして、ふっと脱力し肩を落とす。


「……ああ、分かった。付き合うよ、シノ。親父の果たせなかった夢だからな」


 憑魔は篠介の手からグラスを受け取った。


「乗ると思ってたぜ、相棒。――俺たちを育ててくれた立派な親父に」


「……親父に」


 二人は、今は亡き父親を称えてグラスを掲げると、一気にワインを飲み干す。


『――いつか必ず、この俺が天下取ってやっから、見てろよマッキー』


 ――あの時、篠介の放った言葉が、脳裏によみがえる。

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