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20 極道の仲間入り

「――そういえば……おたくら、あの『天道会てんどうかい』の会長様から直々にお誘いが来たそうじゃないか」


 ようやく二人のいざこざがひと段落し、倉庫の壁にもたれて二本目の煙草をふかしていた憑魔の横で、それまで地面にべったりと倒れ伏していた器吹が、突然ひょいと顔を持ち上げてそう言った。


 その言葉を聞き、憑魔は思わず吸い込んだ煙にむせてしまう。


「なんだよ、器吹も知ってたのか。ほんっとにお前の地獄耳は筋金入りだな」


 篠介が呆れてそう言うと、器吹は「そりゃ、この手の道に通じてりゃ、そんな話題は常に俺の耳に飛び込んでくるのさ」と、足元に置かれた現ナマの入ったアタッシュケースを足先で小突きながら答えた。



 ――「天道会てんどうかい」。関東一円を支配下に置く巨大暴力団組織で、かつて憑魔の父親である曹治郎が率いていた長雨組や、憑魔たちが壊滅させた白雨重久率いる白雨組は、この会の直参じきさん組織だった。


 だから当時、天道会会長である氷雨ひさめ之親ゆきちかが声をかけてきた時、二人とも顔を青くして震え上がったのは言うまでもない。


 憑魔と篠介の二人が道端を歩いていると、不意に隣から並行するように走ってきた黒のセダンが二人の前でピタリと停車し、後部座席から突然声をかけられたのである。


 後部座席から氷雨の顔が覗いた瞬間、二人は自分の死を覚悟した。あの血も涙もない冷徹な会長に目を付けられたともなれば、きっと拷問に拷問を重ねた上でなぶり殺しにされる。しかも今回、二人は彼の傘下にあった白雨組にカチコミをかけ、壊滅させてしまった犯人なのである。仲間の組を潰されて、きっと氷雨も怒り心頭のはず――


 ……と思っていたのだが、氷雨は憑魔たちに向かってニコリと笑顔を見せると、こちらへ来いと手招きしてきた。


「怖がらんでも良い。別に取って食ったりなどせんよ。儂はお前たちに礼を言いたいのだ。少しばかり、付き合ってはもらえんか?」


 そう言われて、二人は互いに顔を向けて首を捻る。天道会傘下の組織を壊滅させた相手に、会長が直々にお礼を言いに来た? 一体どういう風の吹き回しなのだろう? 結局二人は、会長からの頼みを断ることもできずに、渋々彼の車に乗り込んだ。



「「――さ、さかずきを交わしたいぃ⁉︎」」


 息を合わせたようにシンクロした二人の叫びが、氷雨の住居である豪邸の中にこだました。


「そうだ。お前たちと我ら天道会との間に友好関係を築くことができれば、正に鬼に金棒! そうすれば関東一円だけでなく、お隣の関西を仕切る智道会ちどうかいまでを巻き込んで一大組織にまで膨れ上がるに違いない」


 和服姿の氷雨は、持っていた金紙の扇子をパチリと閉じて、その先端を二人に向けた。


「で、でもちょっと待ってください! 話が読めませんよ。俺たちはアンタの組を一つ潰したんだ。アンタからすりゃ、俺たちは目の敵にされてもおかしくないはずだが?」


 戸惑いながらもそう話す篠介に対し、氷雨は口角を上げてニヤリと笑う。


「ふふ……そこを気に入ったのだよ。白雨の奴め、儂の警告も聞かずに独断で長雨組を潰し、更には他の組まで取り込んで自分だけ旨い汁をすすりおって……おかげで、会長である儂の立場まで怪しくなってくる始末でな。手に負えなくなっておったところだったのだ。――そこへ、お前たちが来てくれたという訳だよ。目の上のたんこぶが取れるとは、正にこのこと。いやはや、誠に見事だった」


 そう言われて、憑魔と篠介は互いに顔を見合わせると、二人して安堵の溜め息を吐いた。


 極道の世界は弱肉強食。どの組も、富と権力を得るために相手を出し抜こうと常に施策を巡らし、互いににらみ合いながら微妙な均衡で成り立っている。そうして、不運にもその均衡した台の上から足を踏み外してしまった者は、最終的に白雨のような無惨な末路を辿るのだ。


 ――きっと、あの氷雨という男も、こうして自分たちを温かく迎えていながら、内心では自分の富と権力拡大のための持ち駒程度にしか思っていないのだろう。余計な思考を巡らせ、相手の下心まで読み取ってしまった憑魔は、世も末だなとあきれて肩を落としていた。


「で、ですが、俺たちは組とは言えど、まだ建てたばっかでろくに人手も集めてなくて、今はまだこの二人だけなのですが……」


 篠介がそう説明すると、氷雨はふんと鼻で笑って答える。


「人手などこちらから幾らでもくれてやるわい。……だが、真なる強さは頭数集めれば発揮されるというものではない。抗争というものは、個人それぞれの持つ力によって大きく左右されるものだ。現にお前たちだってそうではないか。噂に聞くところによれば、たった三人で白雨組の事務所に乗り込んだとか……しかもそのうちの一人は幼い娘だったというではないか」


 そう言われて、憑魔はぴくっと肩を震わせた。どうやら、自分たちが白雨組を壊滅させた噂は、想像以上に早く伝播してしまっていたらしい。氷雨にウニカの素性は伝えていないが、実際にあのカチコミが成功したのは、自分たちの力というより、彼女の力によるものが大きかった。


 今も自分の腰に下がっている拳銃ウニカのずしりとした重みを感じながら、さてどう言い訳をしようか考えていると、篠介がいきなりこう切り出してきた。


「あぁ、あの子はこいつの娘ですよ。車の中で待つように伝えても、お父さんから離れないって言って聞かなくて、だから仕方なく連れて行っちまったんです」


 篠介からそう言われて、憑魔はあっけに取られた。


(……おいおい、フロントを襲撃した時の設定をまだ続ける気なのかよ。しかも俺の娘って……どれだけ早く子を持っているんだ俺は……)


 あまりに無理のある設定に開いた口が塞がらなかったが、氷雨の方は「ほぉ、そんなに早く子を持つとは感心だな」などとあっさり納得してしまっていた。


「ともかく、人手はウチの方からいくらでも出してやるから気にするな。お前たちはそれまで白雨の管理していたシマを管理してもらう。そのシマで絞れるもんは残さず搾り取れ。邪魔してくる奴は容赦なく叩き潰せ。天道会の名に恥じぬ成果を期待しておるぞ」


 そう言われて、どうも乗り気になれないままでいた憑魔は回答に困ってしまう。


「任せてください会長。俺たちなら、きっとあなたの期待以上の働きをしてみせますよ。大船に乗ったつもりで待っていてください」


 しかし、そこへ威勢良く返事を返したのが篠介だった。


「それは頼もしいな。吉報きっぽうを待っておるぞ」


 篠介が快諾してしまったせいで、いよいよ引き下がるわけにもいかなくなってしまい、憑魔は渋々氷雨に向かってこうべを垂れたのだった。

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