19 健全な武器商人
「……つ・ま・り、だ。君たちは、武装したヤクザが百人も詰めかける事務所を襲撃する計画をたった二人だけで強行し、その結果 、ものの見事に成功を収めてしまったと――そういうことなのかな?」
夕暮れ時、冥華町の隣に位置する街、美斗世市。海辺・山間・川沿いなど、あらゆる地理地形が一つの枠に収まった大きな町で、中心部には高層ビルが建ち並び、何万もの人々が建物の間を行き来している。
しかし、喧噪とした都市部から少ししか離れていないにも関わらず、めったに人の訪れない閑散とした場所があった。
――夕日に照らされた巨大なガントリークレーン群が、紅色の地面に濃い影を落とす美斗世港のコンテナターミナル。広大なフィールド内に立ち入ることができるのは港の積み荷を扱う関係者のみであり、滅多に人目に付かないが故に、黄昏時になると、法に触れる類いの商売をする者が密談を行うために集まってくる場所としても知られていた。
今日も秘密の商談が行われているらしく、港内に佇む巨大な倉庫の入り口前に、三人と一匹の長い影が伸びていた。
「……まぁ、そんなとこだ。助かったよ、恩に着る」
地面に伸びる一人の影が、もう一人の影の足元に四角いアタッシュケースを置いた。もう一人の影はそれを手に取り、留め金を外して中を開く。
その影は、ケースの中に隙間無く敷き詰められた札束を見て目を細めた。
「……なるほどね、これは間違いなく本物だ。確かに受け取ったよ。毎度あり」
影は肩をすくめて答え、静かにケースを閉めた。
「な? 道具屋はここにして正解だったろ? 価格も正当だし、欠陥品は少ないし、買った商品のどれもまともに動くものばかりだったじゃないか」
まるで自分が武器の入手先を決めたんだと言わんばかりに、もう一人の影――篠介が調子に乗ってそんなことを口走る。憑魔はそんな彼を無視して煙草を口にくわえ、ライターで火を付けた。隣に居た器吹錬一という名の道具屋――俗に言う武器商人の男にも煙草の箱を突き出してみるが、器吹は首を振って答える。
「悪いが、ヤクや煙草はやらない。俺は健全な武器商人だからね」
そう言い張るこの痩せ細った男は、自分の身の丈に合わないぶかぶかの迷彩服を上から下まで着込んでいた。以前は自衛隊で兵器開発関係の部署に携わっていたそうだが、本人曰く、性に合わず除隊したという。外見は完全にヤバいオタクなのだが、これでも凄腕の武器商人らしく、これだけの武器を国内へ持ち込めたのも、自衛隊が海外派遣された際に各地の闇商人たちと会い、パイプを持ったおかげなのだとか。
確かに、元軍人上がりの武器商人となれば、まともな武器を扱っていそうで、ある意味健全と言えなくもないのかもしれない。見た目は健全とは遥かに程遠いのだが……
「しかしなぁ……俺たちの今後のために必死に集めた資金も、全部道具代で流れちまったし、これでまた振り出しに戻っちまったな」
「……そこはまたどうにかして工面するしかないだろ。盗み意外でな」
「マジかよー、辛いわ……」
「……じゃあ、俺たちはこれで――」
憑魔は篠介と軽く会話を交わしてから煙草を地面に投げ捨てると、篠介と共にその場を後にしようとした。
「ちょい待ち。……報酬の支払いがまだ足りてないな」
しかし、背後から器吹にそう言い止められ、二人は渋い顔をして立ち止まる。
「……おいおい、契約した時はその額だったはずだぜ。まだ足りないってのかよ」
篠介が呆れた顔でそう答えると、器吹は「ノーノー」と人差し指を振る。
「俺が言ってるのは金じゃない。――そのお嬢ちゃん、君の相棒なのかな? 話を聞いたところによると、彼女も今回の襲撃計画に一役買ったそうじゃないか」
憑魔の背後で倉庫の壁にもたれ、片脚をぶらぶらさせていたウニカは、器吹の言葉を聞いて怪訝な顔で彼を睨み付ける。
「ふん、だから何だ? たかがあれだけの人数、物の数でもなかったぞ」
「ふふふ……その相手を見下す態度、氷のように冷たいその目付き……小さくありながらも威厳を失うことなく、歯向かう者には容赦なく鉄槌を下すその冷酷な性格は、まさに小悪魔そのものだ。……だが俺は、そんなお嬢ちゃんから一つ、報酬を貰いたい」
そして器吹はウニカの側まで近付くと、大きく息を吸い、彼女の前で両腕を広げて力の限り叫んだ。
「さぁ! 全力で俺の胸の中へ飛び込んでおいで! そしてその小さな唇で、俺の頬に愛の接吻を――ぐはぁっ‼︎」
そこまで叫んだところで、ウニカの振り上げた足の踵が器吹の頬にめり込んだ。強烈な回し蹴りを食らわされ、器吹はその貧相な体をくるくるとコマのように回転させて、盛大に宙を舞った。
「黙れっ! この変態エロジジイ! スケベ! ヘンタイ! ケダモノっ‼︎ 貴様だけは……貴様だけは絶対に地獄に叩き落としてやる〜〜〜〜っ‼︎」
「……ったく、これのどこが健全な武器商人なんだよ」
憤怒する小悪魔を背後から両腕を回して押さえ付けながら、憑魔は溜め息を漏らして悪態をついた。