17 腹が減っては何とやら
「いや〜、何だかんだで結局マッキーも一人前にチャカ振り回せるんじゃねぇか。しばらく見ないうちに、お前もちゃんと成長してたんだな、兄弟」
「……うるせぇよ」
冥華町駅前にあるファミレスの一席。そこから、憑魔と篠介の声が聞こえていた。今が夕暮れ時ということもあり、店内は夕食を取る家族や会社帰りのサラリーマンなどが集い、賑わっている。
店の一番奥の人目に付かないボックス席を陣取っていた憑魔と篠介だが、二人とも別段空腹というわけではなかった。むしろ憑魔の方は、ついさっき撃ち合った惨状を見たばかりで、食欲など微塵も湧いていない。
……しかし、憑魔の相方の方がそうではなかったのだ。
〇
「……お腹減った」
銃撃戦のあった現場から逃げている道中、後ろを付いて来ていたウニカが、唐突にそう言葉を漏らし、腹の虫を鳴かせた。
「はぁ? お前、少し前に俺の体から半分も精気を奪って満足そうにしてたじゃねぇかよ」
「う、うるさい! あれからマスターを運んだり、敵を蹴散らしたり魔法弾を撃ったりで色々と消耗してしまったのだ! マスターから精気を分けてもらってはいるが、それだけでは腹の虫が治らん。我にもっと食わせろ!」
「ったく、乞食のくせに好き勝手言いやがって……」
駄々をこねられ、憑魔が呆れて項垂れていると、横から篠介が割り込んできた。
「おっ、嬢ちゃん腹減ったのか? なら、ちょうどあそこにファミレス見えてきたし、助けてもらった礼だ。俺の奢りで食わせてやるよ。何が食いたい?」
〇
――という経緯で今に至り、ウニカはというと、憑魔の隣で注文したパンケーキ三枚重ねの上にバニラアイスとメープルシロップの乗った、かなりお高いデザートにがっついているのであった。
「このパンケーキというものはなかなか美味であるな。上に乗った白くて冷たいものと、かかった蜜をからめて食べれば、柔らかでジューシーな生地がじゅわっと口の中一杯に広がって、頬がとろけてしまいそうだぞ!」
「そのまま頬が溶け落ちてくれたら、そのうるさい口も利けなくなるし俺的には嬉しいんだけどな」
憑魔が皮肉混じりに答えたのでウニカは頬を膨らませて「ふん、つくづく愛想の無いマスターだな」と文句を垂れてそっぽを向く。
「……それにしても、マッキーも変なのに取り憑かれたちまったもんだな。……要するに今のお前は、自分が生きるために必要な『精気』? とやらを、この嬢ちゃんにも分け与えている状態なんだろ? そんなことを続けて、お前の体は持つのかよ?」
篠介が呆れている憑魔に向かって疑問を投げかける。憑魔はファミレスに入ってから、今日あった出来事の全てを篠介に語って聞かせていた。ウニカと出会った時のこと、妙な契約を交わされて、ウニカに自分の持つ『精気』と呼ばれるエネルギーを分け与えなければならなくなったこと、等々……
最初は信じてもらえる訳ないだろうと思って、半ば冗談のように語って聞かせたのだが、腕に刻まれた契約の印を証拠として見せるまでもなく、篠介はあっさりと憑魔の言うことを信じてしまったのである。
簡単に信じてくれたことを意外に思いながらも、慿魔は篠介の疑問に答える。
「それは俺にも分からねぇよ。……まぁでも、ウニカが言うには、その精気ってエネルギーは、人間が生きるために体内で半永久的に生み出されているものらしいから、そう簡単に尽きないらしいんだが……」
それでも、この状態をずっと続けていれば、いずれはツケが溜まって数ヶ月、いや数年分くらいは寿命が削られてしまうかもしれない。あまり長期に渡ってウニカに精気を分け与え続けるのは危険だと憑魔は思ったのだが、ウニカが魔界へ戻れない間は、この状態を維持するしかない。理不尽さを隠せずに、憑魔はちっと舌打ちする。
「なるほどな……俺と同じで、マッキーも色々と面倒くさい事情抱えてながらも、わざわざ俺のことを助けてくれたって訳か。……悪かったなマッキー」
すると篠介は突然しおらしくなり、それまで誤魔化し続けていた自分の過ちを憑魔の前で詫び、罪悪感を表情に滲ませながら頭を下げたのである。
憑魔は、普段は見せない篠介の一面を見た気がして酷く驚いていた。彼がこんな風に素直に謝るなんて滅多に無いことだったし、反省知らずで突っ走ってゆく彼の性格から逸脱しているようにも思えた。
「何だよ、いきなりシケたこと言いやがって。らしくねぇな」
「まぁ、どれだけはぐらかしたところで、身内に迷惑かけちまったのは紛れもない事実だしな。ケジメは付けなきゃいけねぇだろうし……指詰めで勘弁してくれるか?」
そして、篠介の口からいきなりそんな物騒なワードが飛び出し、憑魔は慌てふためく。
「なっ……バカ野郎! お前何言って――」
「なーんてな! 冗談を間に受けやがって。相変わらずだなマッキー」
「……ちっ、からかってんじゃねぇよシノ」
赤くなって頬杖を突き目線を晒す憑魔を見て、にっと白い歯を剥き出して篠介は笑う。憎もうに憎めず、正そうにも正せない彼の嫌味な性格に、憑魔はいつも調子を狂わされる。これは、二人がまだ小さい時からそうだった。
(――まぁ、そこも含めて相変わらずということか……)
憑魔はそう思い、内心呆れて鼻を鳴らしていた。