15 魔法弾を使え!
「お前、翼を生やすだけじゃなくて変身までできるのか?」
憑魔は銃に向かってそう言うと、脳内でウニカがケラケラと笑い、「これで少しは我の凄さを思い知ったか!」と自慢げに声を張ってくる。脳内に直接声が届くせいで、彼女の声は脳髄を震わす程の大音量になって聞こえてくる。
「……うるさい、もっと声を低くしろ。頭に響く」
「なっ⁉︎ もっと驚いても良かろうが! まったく意地悪なマスターめ、いいから我をしっかり持って、奴らに向かって構えてみよ」
そう言われて、憑魔は仕方無しに車の影から返信したウニカの銃口を覗かせる。
二人が話している間も依然として銃撃戦は続いていたが、必死に撃ち返す篠介に気を取られているせいか、影で構えている憑魔の元にはあまり弾が飛んでこない。
「いいか、よーく狙いを定めて、ピッタリ狙えたと思ったら、我の後ろに付いている……その、なんだ……何と言うのか、出っ張りをだな――」
「撃鉄か?」
「そう言うのか? まぁ良い、そいつを引き下げながら、我の後に続いて『呪文』を唱えるのだ」
「呪文だって? ……分かったよ、よく狙ってからだな」
憑魔はしっかりと両腕を伸ばし、肩を固定して片目を閉じる。もう片方の目で、ヤクザたちの隠れている黒のSUVにしっかりと狙いをつけた。
「……いいぞ、始めてくれ」
「分かった。いくぞ……『アリア・インサート』――」
「『アリア・インサート』――」
憑魔は呪文を唱えながらカチリと撃鉄を引き下げた。途端に、ウニカの銃口部分に直径約二十センチ程の円陣が赤い線で刻み込まれ、更にその円陣の内側に呪文や幾何学模様が組み込まれてゆく。
(これは、魔法陣か……!)
憑魔が驚いたのも束の間、銃の先端に描かれた魔法陣が完全に完成し、ウニカが残りの呪文を言い放つ。
「――『ザ・バースト』! 今だ、打ち抜けマスターっ!」
「『ザ・バースト』っ‼︎」
最後の呪文を唱え、憑魔は指に力を入れてウニカの引き金を引いた。
突き抜けるような衝撃が肩に走り、反動でウニカを構えていた両腕が跳ね上がる。銃の先端に組み上げられた魔法陣がガラスの割れるような音と共に弾けた。放たれた一発の真っ赤な光弾が尾を引いて、周囲に閃光を撒き散らしながらヤクザたちの隠れるSUVへと吸い込まれていき――
刹那、その車体は周りに居たヤクザ連中も巻き込んで大爆発を起こし、四散炎上した。たった一発の銃弾で、車一台を丸ごと火達磨のスクラップへと変えてしまったのである。
「………スゲェ……何だよこれ」
車の影に隠れて爆風をやり過ごした憑魔は、銃撃の反動で痛めた腕を抑えながら立ち上がり、目の前でメラメラと燃え続ける黒焦げの車を見て、思わずそう言葉を漏らした。
まるで、ロケットランチャーでも食らったような激しい爆発。たった一発の小さな銃弾でこれ程の威力を得られるものは、おそらくこの世界に存在しないだろう。
「うむ、初めてにしては上手くいったようだな。お前たちの使う銃というものは構造が単純だから
化けることなど容易い。――だが、弓矢の弓に化けたところで、矢が普通のものでは威力は何も変わらん。そこで、魔力を込めた特別製の矢を用いて、威力を格段に高めてみたわけだ」
「矢ってのはつまり銃でいう弾……魔法を込めた弾……魔法弾ってことか」
「『タマ』? あの撃ち出された豆粒みたいなものはタマというのか?」
銃の姿のまま、不思議そうにそう訪ねてくるウニカ。銃に関する知識は皆無であるくせに、化けるのが上手いせいなのか、手元にある銃の質感や重量感はまるで本物と瓜二つ……というより、もはや本物である。銃の表面に刻まれた唐草模様の彫刻はきめ細やかで見事だが、メタリックな金の銃身と相まって、かなり悪趣味なデザインだった。
「……お前さ、もう少しマシな見た目にできなかったのかよ」
「なな、何を言っておるのか! カッコいいだろう⁉︎ この世界に二つと無いレア物なのだぞ!」
「いや、レア物って……お前自分で自分を物呼ばわりしていいのかよ……」
堂々と自分を物だと言い切ってしまったウニカに呆れていると、後ろからドンといきなり背中を叩かれ、憑魔は驚いて振り返る。
「いえい! やったな! それにしてもさっきのあれ、凄かったな! お前何を撃ったんだ? ロケランか? グレネードか?」
ヤクザ連中を一掃して清々した篠介が、憑魔の肩に腕を回して喜びの声を上げる。「さっきのあれ」というのは、銃に化けたウニカで撃ち出したあの魔法弾のことを言っているのだろう。あれほどに強力な一撃が、実は魔法でしたなんて言ったところで彼が信じてくれるだろうか? ここは無難に車の燃料タンクを狙ったとでも言っておいた方が――
そう思っていた矢先、突然手元の銃が溶け出すように黒い煙となって流れ落ち、むくむくと渦を巻いて膨れ上がってゆく。まるで生き物のように煙が動く様子を前に、篠介は目を見張っていた。
そして、渦巻く煙の中から現れた少女、小悪魔ウニカが腰に手を当て、自慢げに声を上げる。
「ふふん! そうだろうそうだろう凄かっただろう⁉︎ あれが我の持つ魔力によって引き出された魔法の威力なのだ!」
先程の爆発が魔法弾によるものであると暴露するだけでなく、篠介の目の前で堂々と変身する一部始終を晒してしまい、角と尻尾を持つ少女の姿に戻ってしまったウニカ。彼女の軽率極まりない行動に、憑魔は頭を抱え嘆息していたのだが……
「魔法だって? ふははっ! そりゃ凄えや! 驚いたな、これまで友達や恋人になんて縁の無かった憑魔に初めて連れができたと思えば、まさかこんな小さな悪魔のガキだったとはな!」
しかし、篠介は悪魔を前にして怖がるどころか、面白がってそんなことを口にしていた。普通なら恐怖に慄くか、彼女が悪魔であることを真っ先に疑うかの二択であると思うのだが、篠介はこの世に悪魔が存在するという現実を、いともあっさりと受け入れてしまっていた。
(……まぁ翼を生やしたり変身したりするところを見られてしまったのだから、人外の生き物だと信じられるのも当然と言えば当然か……)
そう思って憑魔は脱力し、肩を落として気怠げに首元をさすりながら言葉を返す。
「はぁ……別に、俺に友達が居なかった訳じゃねぇよ。友達を作っても付き合いが面倒臭いから作らなかっただけで……」
「まぁまぁそう拗ねるなよ兄弟」
「拗ねてねぇよ!」
――昔からそうだったのだが、篠介が一緒に居ると、憑魔はいつも調子を狂わされていた。どこまでも自由奔放な篠介は、常に興味本位で危ない橋を渡ろうとして、そんな彼を止める役を常に憑魔が買っていたのは昔も今も変わらない。手の付けられない子どものような篠介を指導する立場に置かれては、毎回のように困り果ててしまっていた過去を、憑魔はふと思い返す。
「……ったく、お前の方が俺より歳上なんだから、しっかりしてくれなきゃこっちが困るんだよ」
「おぅ? 何母親みてぇなこと言ってやがるんだ? らしくねぇなマッキー」
「お前のことを心配するこっちの身にもなれって言ってんだよ! また性懲りも無く無茶しやがって!」
憑魔は声を張り上げて怒鳴ったが、篠介は乱れてしまったオールバックの茶髪を掻き上げながら「いや〜、わりぃわりぃ」と軽々しい態度のまま、悪びれる様子もなくそう答えるのだった。