新しい任務(2)
今まで経験したことのない衛戍勤務を命じられ、戸惑いながらも感染症に関する論文や統計資料を集めたり、安価にできて効果的な病気の予防法について資料を作っていた僕に、再度中隊長からの呼び出しがかかった。最近になって農村部の女性が騙されて花街に連れてこられたり、違法な利子で借金をさせられたりといった、人身売買まがいの事例発覚が相次いでいるらしい。そのため、当分の間は花街の衛戍勤務は法務省監査局の監査と合同で行う事になったと告げられた。
同じ警邏騎士同士ならある程度気心も知れているし、お互いの立場もわかるから連携を取るのも困らないけど、法務省の職員は立場が違いすぎてどの程度お互いに協力できるのか少し不安だ。
僕たち警邏は犯罪捜査にあたる事も多いので、他の騎士たちに比べればだいぶ法務との関りも深いんだけど、どうしても捜査の現場にあたる僕たちと、あくまで法的な面でのすり合わせを行う法務では、立場の違いからしばしば解釈の違いなどですれ違いが起きている。
担当の法務官が物分りの良い人だと良いけど……事なかれ主義だったり、前例に固執しすぎて現実を見てくれない人だと困る。そういう人は現状維持を何より好むからだ。
せっかく改善案を出しても、中身を見ようともせずに協力を拒まれると、何のための監査なのかわからなくなる。
そうならないためにも、実際に査察に向かう前にきちんと信頼関係を築いておきたいな。とにもかくにも、打ち合わせでお会いしたら、僕の考えをきちんと包み隠さずお話してみることにしよう。
打ち合わせ当日、いったいどんな人が来るかとドキドキしていたら……なぜか学生時代からの親友のコニーことコノシェンツァ・スキエンティアが来た。彼が貴族学校卒業と同時に法務補佐官になって、生真面目な働きぶりが評価されて研修終了と同時に監査局に配属されたのは知ってたんだけど……まさか、いきなりこんなややこしい役目を押し付けられるとは思わなかった。
もっと経験のあって海千山千の女衒や娼館主をうまくいなせるような人に任せるんじゃないかと思っていたんだけど。
彼は貴族学校でずっと同じクラスで、僕と同じように第一王子の側近候補に選ばれていた。
でも、成績の良さと生真面目な性格が遊び好きの殿下に嫌われて、生徒会の業務や面倒な政務の手伝いと、都合の悪い時の責任だけ押し付けられて、実際には遠ざけられていたんだ。
その都度、側近候補の監視役も兼ねていた僕の方から学校には事実をきちんと報告して、コニーに非がないことは国王陛下や学園長にも納得していただいてたんだけど……殿下がもっとうまく立ち回っていたら厄介な事になっていたと思う。
この調子だと法務省でも面倒な事ばかり押し付けられそうで、友人としてはちょっと……いや、かなり心配だ。
その一方で、監査局は今回の件をあまり重く見ていないのだと残念に思う。
いくら優秀だと言っても、コニーは法務補佐官になってまだ二か月、ようやく研修が終わったばかりのヒヨッコだ。これから半年間の実務を終えて昇級試験に合格してはじめて、正規の法務官に就任する。
通常は、それまでの間、正規の法務官の補佐にまわって様々な業務を学びつつ経験を積むものなんだ。それなのに、新米補佐官をたった一人で、それも扱いが難しい遊郭の担当に回すとは、いったいどういうつもりなんだろう?何となく、監査局の上の方のひとたちを警戒した方が良いかもしれない。念のため、信頼できる上司に相談しておこう。