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噂の真相(ジェーン・ドゥ視点)

 そして三日後。

 わたくしはアミィ様、ピオーネ様と街の書店に参りました。

 わたくしは隣国の風習を知るために最新のファッション誌と旅行本を、ピオーネ様は文学論と地政学の基礎を。

アミィ様は領地経営を学びたいと、経済学の本を購入しました。いよいよ、花街に向かっておりますと、前方にどこかで見たような長い赤毛の三つ編みが、ひょこひょことリズミカルに揺れています。


「ヴォーレ様……?」


 いぶかしげなピオーネ様の声に振り返ったその人は、わたくしたちを認めると、琥珀色の大きな瞳を輝かせてにぱっと人好きのする笑顔を浮かべ、こちらに駆け寄っていらっしゃいました。軽やかな足取りに合わせて、背後で赤い尻尾がぱたぱたと揺れています。

 間違いなく殉職したはずのヴィゴーレ・ポテスタース卿ご本人ですが、元気が服を着て歩いているようなお姿は、どこからどうみても死人のようには見えません。


「アミィ嬢、ピオーネ嬢、久しぶり!!ドゥ子爵令嬢もご機嫌麗しゅう。みなさんお元気そうで何よりです」


「ジェーンで結構ですわ。……ところで亡くなったと伺ったのですが?」


 にこやかにかけられた挨拶に半眼で質問を返すと、気まずげに目をそらされてしまいました。


「えっと……ちょっと説明しづらい……かな?」


「色々と事情があるんです。気が付かなかった事にしてやってください」


 どこからともなく現れた、長身の銀縁眼鏡をかけた男性はスキエンティア侯爵家のご嫡男で、このたび法務補佐官となられたコノシェンツァ・スキエンティア様。

 わしわしと、犬か猫の子のようにポテスタース卿の頭を撫でながらおっしゃいます。頭一つ分くらい身長が違うので、ちょうど撫でやすいところにポテスタース卿の頭があるようですね。仲睦まじい事で何よりです。


 彼は在学中、ポテスタース卿とは親友と言って良い間柄で、お二人で魔法学教諭のパラクセノス先生の研究室に入り浸ったり、怪しげな実験をしたりと、何かと一緒に過ごしておられました。

 そのスキエンティア様がそうおっしゃるということは、やはり表に出せない事情がおありのようです。


「ところで、みなさんこんなところで何を?ここから先は昼間とはいえレディが出入りするようなところでは……」


「スキエンティア様とポテスタース卿はこんな時間から何を? たしかに殿方が夢を見るには良い街ですが、まだ日は高うございましてよ?」


 質問に質問を返してしまうと、お二人は顔をきょとんと見合わせて、くすくすと笑いだしました。お二人とも白いゆったりしたシャツに唐草模様を織り出した帯を巻き、パンツにベストに編み上げブーツといったラフな出で立ちです。友人同士で休日に遊びに出かけるところにしか見えませんが……


「今日は軍が駐屯する地域の風紀衛生を監督する、衛戍(えいじゅ)勤務にあたっているんです。お店の準備中の時間だから、監査に伺ってもお仕事の邪魔にならないでしょう? 女の人たちに無理な働かせ方をしていないか、違法な金利で借金させてないか」


「幼すぎる子供たちに身体を売らせたりしていないかも調べないと。このところ違法な人身売買や子供の売春を行っている店があるようで、法務からも監査を入れる事になったんです。制服だと警戒されてしまうから、こんな格好ですが」


「衛生状態が保たれているかも確認しないと、伝染病が蔓延(まんえん)しますし。病気の女性を無理やり働かせると、本人だけでなく客にも害が出て、娼館と無関係な人たちの間にも病気が流行ります。もし客が奥方にうつしてしまえば胎児に悪影響が出る事もある。本来はうちの第四小隊の仕事なんですが、今日は衛生面のチェックがメインだから、医学知識のある僕がお手伝いすることになりました」


 代わる代わるに説明するお話をうかがうに、どうやら彼らが花街に出入りしていたのはあくまでお仕事だったようです。花街で不当な働かされ方をしている人がいないかを不正の監督にあたる法務省監査局のスキエンティア様が、衛生状態がきちんと保たれているかを警邏(けいら)騎士で医学知識が豊富なポテスタース卿が調査に行くのだとか。


「それで花街に出入りしておられたのですね。何やら巷ではポテスタース卿の幽霊が娼館に入り浸っているという噂が立っておりましてよ」


「え??幽霊になっても娼館に入り浸るって……僕ってどんな奴だと思われてたんだろう……」


 がっくりとしょげ返るポテスタース卿。心なしか背中の三つ編みもしょんぼりと項垂(うなだ)れているようで、少しだけ微笑ましいですわ。


「単にお前が目立ちすぎなんだよ。死んだ筈の人間がこんなところでうろうろしてるのを見られたから変な噂が立っただけだ」


「そんな事言っても、僕だって好きだって死んだ事になってるわけじゃないし」


「発想が安直なんだ。警邏(けいら)の叩きあげの平騎士なんて書類の上で死亡したことにしておいて、平民の騎士としてまた戸籍を作ればなんとかなるって魂胆で処理したんだろうが。上の方も、お前の容姿と経歴がとことん目立つとわかってなかったんだろうな」


 むぅっと膨れるポテスタース卿と、宥めるようにぽんぽんと頭を叩くスキエンティア様との気安いやりとりで、おおまかな事情が分かったような気がします。


「もともと卒業したら家を出る予定だったから、家との縁を切らされたのは別に良いんだけどね。貴族籍剥奪って形にすると実家にも迷惑かかるし、そこまで厳しい処分にするのも……って事になったみたい。実際、死にかけたしね」


「おかげで死人が岡場所に入り浸ってるなんて噂が立つんじゃたまったもんじゃなかろうが」


「それは処分を考えた人に言ってよね。そういう事なので、娼館で遊びたいがゆえに化けて出ているわけではありませんよ。ちゃんと生きてますからご安心ください」


 そうしてお二人はあきれ顔の女三人をよそに昼下がりの花街へと消えて行ったのでした。  

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