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思いがけない噂話(ジェーン・ドゥ視点)

「ヴィゴーレ・ポテスタースが娼館に入り浸っている?」


 この国の貴族籍を持つ子女が必ず通う事になっている高等学園卒業から2か月ほど経った頃のこと。久しぶりに同級生が集まった茶会で思いがけない噂を聞きました。


「ポテスタース卿って、亡くなったんじゃなかったかしら?」


「そうよね……卒業式の直前にお葬式に伺った覚えがあるわ」


 同級生たちが口々に不審を言葉にします。


「そのはずなんだけど……わたくしの婚約者が、花街で歩いている彼を見かけたそうなの。

それも先週だけで二回も!」


「まさか幽霊になってまで娼館に出入りしているとか……」


「そんな遊び好きの方には見えませんでしたが……」


 わたくし達の同級生で、警邏(けいら)騎士でもあったヴィゴーレ・ポテスタース卿は、卒業直前に起きた元王太子のクセルクセス殿下の毒殺未遂事件で殉職しました。……ということになっています。


 わたくしもてっきり亡くなったものだとばかり思っていたのですが、なぜか葬儀の当日に本人が葬儀場の警備にあたっていました。

 気付いた時のわたくしの困惑をおわかりいただけるでしょうか。特徴的な長い赤毛をウィッグで隠しただけなのに、みんななぜ気が付かないのか。それとも気付いていて気付かないふりをしているのか。


 おそらく何らかの事情で死亡した事にして事件の責任を取らされたのでしょう。

 毒殺未遂といえば聞こえは良いですが、色と欲に溺れた殿下が出自の怪しい女生徒から受け取った向精神薬でおかしくなって、本来の婚約者であるアハシュロス公爵令嬢アマストーレ様の殺害を目論んでいたのです。このような醜聞は表に出せるはずもなく、警備にあたっていた者のうち最も立場の弱いポテスタース卿が貧乏くじをひかされたのでしょう。


 ……という事は。

 花街に出入りしているというヴィゴーレ・ポテスタース卿は幽霊ではなく本人である可能性が高い。わたくしはアハシュロス公爵令嬢アマストーレ様のお顔をこっそりうかがいました。


 クセルクセス殿下に疎まれ陥れられそうになったアマストーレ様は、あやういところでポテスタース卿やその友人であるスキエンティア様の働きで事なきを得ました。特にポテスタース卿は、アミィ様が階段から落ちて大怪我をしそうになった時にも颯爽(さっそう)と駆けつけて、怪我のないようしっかりと受け止めて下さったりしたので、アミィ様はほのかな、ほんとうにごく淡いものではあるが好意を抱いているような気がしなくもありません。このような噂をお耳にすればご気分を害するのではないでしょうか。


 ……ああ、やっぱり。

 一見そんなはしたない噂など全く興味を持っていない、という体を装っていらっしゃるアミィ様の、アメジストのような目が全く笑ってません。いやまぁ、わたくしとしては普通の女性に片端から手を出すくらいなら、きちんと節度を守って娼館で遊んでいた方がよほど安全だとは思いますが。

 何しろポテスタース卿は人当たりが良く誰にでも親切で、それでいて節度を守って一線を引いた態度を取るので、男女問わず人気がありました。

 男性としてはやや小柄で中性的ですが、それなりに見目も良い方です。遊ぼうと思えばいくらでも遊べる立場でしょう。

 そういう欲求の強い年頃でもありますし、身近な女性たちと見境なく遊んでしまうよりは、娼館に入り浸る方がはるかにましでしょう。


 そんな割り切った考え方になってしまうのは、卒業後わたくしが外務補佐官として家を出たからかもしれません。下位貴族の次女として生まれたわたくしは、爵位を継承する男性と結婚しなければ平民になるしかありません。わたくしは色恋に頼るよりは、自分の能力を磨いて文官として身を立てる道を選びました。

 学園では成績は常に五番以内を維持しており、特に語学と地政学が得意だったわたくしは外務補佐官の試験を受け、めでたく合格。半年後の昇格試験に向けて仕事と勉強に追われる日々は多忙ではありますが、自分の意思と力で自分の道を決められる生活は大変充実しております。

 おかげでロマンティックな色恋の噂話には興味を持てないのです。


 わたくしと同じように半眼になっているパブリカ伯爵家の三女オピニオーネ様は報道補佐官になられたのでした。彼女はもともと新聞記者を目指しておられたらしいのですが、卒業前の事件をきっかけに、まずは報道官として経験を積んで自分の眼で情報の真偽を見極める目を養いたいと文官の道を志したのだそうです。

 やはり同じような立場、同じような進路を選ぶものは同じような考え方をするものなのでしょうか。


 茶会が終わると、浮かない顔のアマストーレ様にオピニオーネ様が気遣わし気に声をかけました。


「アミィ様、あくまで噂ですから……」


「ピオーネ様、何の事でしょう?」


 完璧な笑顔でアミィ様。……ああこれはかなり気にしていらっしゃいますね。


「アミィ様、ピオーネ様、もし気になるならば一度確認に参りませんこと?やはり学友の幽霊がそんなところに出没するなんて噂、あまり気分の良いものではございませんし」


「わたくしは気にしてなど……」


「わたくしが気になるのでぜひご一緒してください」


「仕方ありませんわね……」


 素直でないアミィ様を言いくるめ、三日後の休日に買い物がてら少しだけ寄り道して、ポテスタース卿が出没すると言う花街に行ってみる事にしました。

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