バグ技は淑女の嗜みでございます
「カリエール侯爵令嬢ミシェル、貴様との婚約を破棄するッ!」
衆人環視の中、告げるのはトレンス王国第二王子オスバルト。
そして、私こそが当人であるミシェル。
場所は中世ヨーロッパ風な王城の謁見の間。
私は辺りを見回し、すぐに悟った――「『王妃(仮)』の中」だっ!
どうやら、死ぬ気でやり込んだ乙女ゲームの世界に転生したみたい…………。
やったぁぁぁ!!!!!
ゲーム世界に入り込むという異常事態だけど、驚いたり、慌てたり、そんな思いは一切ない。ただただ純粋に嬉しかっただけだ。
国王と王妃が並ぶ玉座の隣に立った第二王子オスバルト。
本来ならば彼と私の結婚式の日時が発表される場だったんだけど、オスバルトがいきなりとち狂ったことを言い出した――って状況。ゲームだとオープニングシーンの開始場面だ。
ダメ王子の隣にはエステル・リンテグラン男爵令嬢。見た目は儚げで守りたくなる美少女だが、お腹の中はまっくろ黒。
ミシェルが彼女に酷いことをしてきたとダメ王子に信じ込ませ、婚約破棄を仕組んだ張本人なビッチ。
といった感じで『王妃(仮)』はダメ王子から婚約破棄された主人公が、攻略対象キャラと仲良くなりながら、二人にざまぁするという王道ゲームね。
攻略キャラの五人はダメ王子の左右に並び、私に視線を向けている。
俺様系イケメンな隣国王子フィリップ
ワイルド系イケメンな勇者リヒト。
ボンボン系イケメンな大商会跡取りアバル。
インテリ系イケメンな賢者ラルコス。
そして――私最推しの正統派イケメンな第一王子イェーリオ様。
ちなみに、イェーリオ様以外の他の四人は私にとってはモブなので、名前覚えなくていいよ。
ああ、それにしても、今日も神々しいイェーリオ様……。
実体化したそのお姿は、まさに理想の王子様だ……。
じゅる。
アカン、よだれ垂れてもうた。
いかんいかん、私は今、侯爵令嬢のミシェル。
ちゃんと相応しい振る舞いをしなければ……。
ゲームをするときは、いつもなりきりプレイをしているので、問題ないと思うんだけど、たまに素が出てしまうかもしれん。まあ、そこはご愛嬌ということで……。
コホン。
ここからは伯爵令嬢であるわたくしミシェルが説明致しましょう。
この世界はイェーリオ様とイチャイチャできる最高の世界なのではありますが、その一方で、とてつもなく危険な世界なのでございます。
『王妃(仮)』はふたつの意味で有名なゲームですわ。
ひとつ目は美麗なビジュアル。
なんでも制作予算のほとんどがイラストレータに支払われたとのこと。
大金を投じただけあって、文句なしにビジュアルは神レベルでございます。
その中でも、イェーリオ様のお姿は、わたくしの好みドンピシャでございます。
わたくしはイェーリオ様と出逢うために生まれてきたと言っても過言ではないのですわっ!
ゲームイラストでも最高でしたが、実体化したお姿は神々しいを通り越して、マジ神でございますっ!
そして、もうひとつの意味ですが――。
ビジュアルに予算をつぎ込みすぎたせいで、ゲーム部分がなんじゃこりゃな仕上がりになっているのでございます。
普通にプレイしてもバグり、しょっちゅうフリーズし、セーブデータは前触れもなく消えてしまう。
そう――『王妃(仮)』はそのあまりのバグの多さゆえに、名誉あるク◯ゲーオブザイヤーを受賞したほどなのです。
ビジュアルに期待してプレイした全国の乙女たちを阿鼻叫喚の地獄に叩き落としたのが、この『王妃(仮)』なのでございます。
なにはともあれ、まずはその一端を皆様にお見せいたしましょう。
現在はダメ王子がわたくしを非難する長セリフを述べている最中でございます。自己陶酔しきった顔がブサイク過ぎて不快ですが、放っておきましょう。
ゲームの場合この場面では、ほとんどの動作が不能で、垂れ流しのセリフを聞き流すしかありません。
オープニングシーンなので当然でしょう。
プレイヤーにできるのは、視線を動かすことだけでございます。
初回プレイヤーが攻略対象を見比べるための時間で、普通は推しを眺めてうっとりするくらいしかできません。
そして、この世界でもそれは同じようですね。
不思議な力で押さえつけられているのか、ゲーム同様に視線を動かすこと以外はなにもできないようです。
ですが、視線を動かせるのであれば、十分です。
なにせ、視線を動かすだけでバグが発生する。それが『王妃(仮)』というクソ――もとい、バグゲーなのでございます。
ダメ王子の戯れ言を聞き流し、わたくしは視線を高速で動かします。
上へ下へ、右へ左へ。
ぐるんぐるんぐるんぐるん。
『王妃(仮)』には数え切れないほどのバグがあるのですが、描画関係のバグがとくに顕著でございます。
画面を高速でスクロールさせると、描画が追いつかずキャラの姿がだんだん崩れていくのです。
上半身と下半身がバラバラになったり、肌が緑色になったり……。
わたくしが首を動かすたびに、ダメ王子とビッチの身体が壊れていきます――。
ゲームでも気持ち悪かったのですが、いざ現実になるとその何倍も気持ち悪いですわね。
揺すぶられる三半規管と歪んだ世界。
吐き気が込み上げてきますが、必死に我慢いたします。
イェーリオ様への愛があれば、これくらいなんてことございません。
ダメ王子とビッチの姿はだんだん崩れていき、最終的にダメ王子は「目だけで後は全身真っ黒のシルエット姿」に変身です。某少年探偵マンガの犯人役みたいな格好――通称、「目だけイケメン」でございます。
一方のミシェルは胴体が消失し、頭だけ表示されております。生首状態でございます。
なかなかにシュールな絵面ですが、ともあれ、この世界でもバグ技が使えるようですね……。
予想はしておりましたが……これは非常にピンチな状況と言えます。
この世界がゲーム同様にバグまみれであれば、いつフリーズして操作不能になってもおかしくはないでしょう。
ゲーム内なら、「はいない、いつものことね」と笑ってリセットできるわたくしでも、実際にこの身に降りかかったらと思うと、背筋がゾッとする思いでございます。
となれば、一刻も早くこのゲームをクリアして、エンディングを迎えねばなりません。
とっとのクリアして、元の世界に戻るといたしましょう。
クリアしたら戻れるとは限りませんが……まあ、その場合は、思う存分イェーリオ様とイチャイチャ生活を送るといたしましょう。
『王妃(仮)』は全年齢向けでしたので、あんなことやこんなことはできませんでしたが……こっちの世界ならきっと思うままですわ。
きゃー。
うん。むしろ、こっちがいい。こっちの方が絶対に幸せだ。
リアルの人生がどうだったか……バグだらけの乙女ゲームに命をかけるくらいなので、お察し下さい…………。
絶対に戻んないからねっ!
あかん。素が出てもうた。
コホン。
というわけで、さっそく攻略開始でございますっ!
ご安心下さいませ、こう見えてもわたくし世界記録保持者ですの。
皆様を世界最速でエンディングへとご招待いたしますわっ!
◇◆◇◆◇◆◇
002 さあ、RTAを開始致しましょう
突然ではございますが、皆様、「RTA」というお言葉をご存知でしょうか?
RTAというのは和製英語で、海外ではスピードランとも呼ばれておりますが、要するに「いかに速くゲームをクリアできるか」を競う競技でございます。
その中でも、わたくしが挑んでおりますのは、「イェーリオ様ルートANY%」――どんなバグを利用してもいいから、最速でイェーリオ様エンディングにたどりつく――でございます。
バグだらけの『王妃(仮)』を逆手にとり、バグ技を駆使してエンディングを召喚するのです。
ほとんどの人は怒り、一部の者は呆れて笑ったバグの山。
しかし、そんなバグをありがたがる人々も存在します。
そのひと握りの者とは、RTA走者と呼ばれる危篤な、もとい、奇特な人々でございます。
クソ運営が想定していない、バグを利用しての最速クリア。それを目指してしのぎを削るRTA走者と呼ばれる、選ばれし暇人、もとい変人、もとい歪んだ性癖の持ち主……ダメですわ、どう言い換えてもポジティブな表現が見つかりません…………。
ともあれ、わたくしを含め、そのような方々は百分の一秒を縮めようと、日夜必死に戦っているのです。
その生き様はアスリートに通じるストイックなものですが、一部の愛好家以外からはまったく評価されません。
それでもわたくしたちは走り続ける――そのゲームを、キャラを愛しているからでございますっ!
なぜ、わたくしがRTAを始めることになったのか、その理由は後で述べさせていただきますが、この競技でわたくしは世界記録保持者でございます。
世界最速でイェーリオ様と結ばれる女なのでございます!
イェーリオ様への愛情を示すため、わたくしはすべてを捧げました。
その結果、わたくしこそが世界で一番イェーリオ様を愛しているのだと証明できたのです。
これこそ――至高の愛情。
決して報われることのない、見返りを求めない愛情。
これより美しい愛情があるでしょうか。
はい。絶対にありますね。
お子様に注がれる親御さまの無償の愛情と比べたら、失礼過ぎますわね。
ともあれ、わたくしが現実に意識を戻しますと、「目だけイケメン」と化したダメ王子が延々とわたくしを非難する言葉を続けております。
何百回、何千回と聞いたダメ王子のセリフ。いや、ほとんど聞き流していたのですが、やり込みすぎたせいで、一言一句覚えております。
ゲームだと初回以降はスキップできるのですが、RTAでは初期データで始める規則ですので、走るたびに毎回このセリフを聞かなければならないのです。本当に鬱陶しいことでございます。
――さて、ようやくダメ王子の長いお話もひと段落。
ビッチが「この女が悪いのよっ!」とわたくしに人差し指を突きつける場面でございます。
ビッチのお顔は醜く歪んでおります。
イラストレーター様の本気が伺えます。
胴体が消失しておりますので、滑稽極まりない姿でございますが。
このビッチはプレイヤーのヘイトを一身に集めるべく作られたキャラなのですが、このゲームで一番ヘイトを集めているのは彼女ではありません。
その場を奪ったのは――運営でございます。
いえ、「クソ運営」と呼ぶべきでしょうか。
貴族令嬢にあるまじき、はしたない物言いですが、お許しください。
彼らはクソ運営以外の何者でもないのでございますから。
人様を舐めた謝罪文。
バグ修正のためのパッチがさらに新しいバグを生み出す修正。
バグを「仕様です」と堂々と言い張る開き直り。
挙句の果てには、SNSで「文句を言うならやるな」と自演したのがバレて大炎上。
全プレイヤーのヘイトはクソ運営がかっさらってしまったのです。
ともあれ、すっかり霞んでしまったビッチの出番が終わり、この後は五人の攻略キャラたちが順番に話し始める時間です
トップバッターは麗しのイェーリオ様でございます。
ああ、イェーリオ様のお声はこの世界でも麗しい。
ぜひ、耳元で愛を囁いていただきたい。
このままずっとイェーリオ様のご尊顔を眺めていたい誘惑にかられますが、RTA走者としての血が騒ぐのもまた事実でございます。
わたくしの力がこの世界でも通用するのかどうか、試してみたいのです。
先ほどの首振りバグですが、あれは憎きダメ王子とビッチを無様な姿にして悦に浸るため――ではございません。
最速クリアに必要な手順のひとつなのです。
バグを生じさせることによって、次なるバグを生み出す高等テクニックなのでございます。
簡単そうに思えたかもしれませんが、結構難易度が高いのでございます。
適当に首振りしているだけでは、バグは発生いたしません。
数フレーム単位で適切に視線を動かさなねばならないのです。
わたくしも慣れるまでは大変苦労いたしましたが、今なら100発99中くらいの精度でございます。
ゲームと現実という違いがありますので、失敗しないかとハラハラしていましたが、ちゃんと身体が覚えていたようです。
成功してホッと致しました。
ちなみに、これは自慢なのですが、首振りバグはわたくしが発見した攻略法でございます。
この技の発見でクリアタイムが10分以上短縮可能になり、世界記録を達成できたのです。
わたくしの人生一番の功績と言えるでしょう。
ともあれ首振りバグによって、攻略の第一段階は完了しております。
これで、コマンド入力が可能になりました。
本来なにもできないシーンで動作ができるようになったのです。
とはいえ、半径1メートル以内しか移動できないのですが、RTA走者にとってはそれで十分でございます。
わたくしは左腕を少し後ろに引く――はい、ここ。しっかりと身体が覚えていますね。
それから、前に向かって腕をまっすぐに伸ばします。
そして腕が伸び切った状態から後ろに引き、モーション開始から2フレーム以内(約0.03秒以内)で再度、腕を前に伸ばします。
そうするとどうなるのでしょうか?
それは――腕が伸びるのです!
某格闘ゲームのインド人みたいに。
いわゆる座標バグというやつですね。
ビックリしましたか?
これくらいでビックリしてたら、『王妃(仮)』はプレイできませんよ。
もちろん、わたくしにとってはこれこそが『王妃(仮)』。
気にすることなく、同じ動作を繰り返していきます。
どんどんと伸びる腕、まっすぐと伸びた先にはダメ王子の身体があります。
しかし、わたくしの腕はダメ王子のお腹をすり抜けます。
と、言葉でいうのは簡単ですが、実行するのはとんでもなく難しいのです。
2フレーム技を連続で30回成功させないといけないのです。
それに、スタート時の位置調整も大事です。間違うと、指先が王子の内臓に重なってしまいます。
そうすると、体内に武器――この場合は拳――があると判定され、ダメ王子は死んでしまいます。
死ぬはずのないオープニングシーンでダメ王子が死んでしまうと、もちろん、そこでフリーズ致します。
これを回避するために、わたくしは最初に腕を少し後ろに引いたのでございます。
ともあれ、わたくしの腕はダメ王子の身体をすり抜けて、どんどんと伸びていきます。
標的は王妃の左手薬指――そこに自分の左手薬指をぴったりと重ねます。
そこでアイテム欄を開いて、王妃の指に嵌っていた指輪を収納いたします。
ついでに王妃の左手が消失してますが、この程度は『王妃(仮)』ではバグのうちに入りません。
これでひとつ目のフラグ――『精霊の指輪』ゲット成功でございます!
◇◆◇◆◇◆◇
003 足フェチ錬成でございます
さて、ただいまゲット致しました『精霊の指輪』でございますが、この指輪は「王国の妃に相応しい者である」と精霊が認めた証(という設定)なのでございます。
イェーリオ様ルートには必須のアイテムです。
さっそく、わたくしは指輪を左手薬指に装備いたします。
インベントリを開いたことによって、ダメ王子とビッチは元の姿に戻りました。よかったですね。あのままでしたら、フリーズは時間の問題でしたから。
五人の攻略キャラたちのセリフが続いてますが、わたくしは気にせずにその場にかがみます。
まずは靴を脱いで、続いて、右足の靴下を脱いでいきます。
現在のわたくしの装備はドレス、指輪、靴、靴下だけです。
『王妃(仮)』は全年齢版なので、ドレスは脱げません。
しかし、靴と靴下は着脱可能な装備アイテムになっております。
なぜ靴と靴下が脱げるかと申しますと、足装備によって移動速度が変わる設定だからです。
『王妃(仮)』では移動速度が重要で、いろんなイベントをこなし、フラグをたてるためには、高速移動が必須なのです。
もちろん、運営の想定以上の移動速度になると、お約束どおりにバグが発生いたします。
高速移動バグを用いるのもRTAでは基本テクニックのひとつになっております。
ですが、ここでは狙いは高速移動バグではございません。
もっと凶悪なバグ技の出番でございます。
わたくしは脱いだばかりの右足靴下を左足に履きます。これで、万能アイテムかつRTA必須アイテムである『重ね履き靴下』の完成でございます。これさえあれば、どんなアイテムでも錬成可能なのです!
インベントリに『重ね履き靴下』を収納して、再度装備します。
そうすると、『重ね履き靴下』はインベントリに残ったまま、新たな『重ね履き靴下』が左足に装着されるのです。『重ね履き靴下』がふたつに増えるのです!
まるで叩くとビスケットが増えるポケットのようですわね。
わたくしは同じ動作を繰り返し『重ね履き靴下』を3つに増やします。
後は、『重ね履き靴下』を出し入れしたり、インベントリ内でアレコレするたびに、『重ね履き靴下』は別のアイテムに変化していきます――これぞ通称「足フェチ錬成」でございます。
その結果、欲しかった3つのアイテムが手に入りました。
『讖溯�繝サ遐皮ゥカ』
『ュ怜喧縺代』
『ヱ繧ソ繝シ繝ウ』
ええ、バグっております。
ですが、インベントリから取り出すとちゃんとしたアイテム表示になるので問題ありません。
そのうちのひとつを取り出すと『讖溯�繝サ遐皮ゥカ』から『機密書類Ω』に表示が変わります。
これで、ふたつ目のフラグ――『機密書類Ω』ゲット成功でございます!
このアイテムは、ダメ王子とビッチの悪事が記載された書類で、ほとんどのルートで必要になります。
普通の方法で入手するのは、とてつもなく面倒なのですが、一瞬で手に入る「足フェチ錬成」は本当に便利ですね。
ちなみに、最初にゲットした『精霊の指輪』も「足フェチ錬成」でゲットできるのですが、アレコレするのに多少時間がかかるのです。
ダ◯シムの方が0.8秒速いのです。
百分の一秒を競うRTAで0.8秒は致命的でございます。
◇◆◇◆◇◆◇
004 これが天国でございます
さて、みっつ目のフラグたてにまいりましょう。
ちょうど、攻略キャラたちの演説が終わったところです。
通常プレイですと、この場面になって初めてプレイヤーはゲームに影響を与える行動ができるようになります。
「誰を見つめますか?」という選択肢が与えられるのです。
選ばれたキャラは主人公への好感度が上がります。
ですので、攻略対象のキャラを見つめるのが常道です。
ここでは、ダメ王子を見つめることもできます。その場合、好感度は誰も上がらないのですが、逆ハーレムルートに行きたい場合は必須になっております。
しかし、RTA走者は与えられた選択肢を選びません。
その斜め上をいくのです。6つの選択肢が与えられたら、7つ目を探す――それがRTA走者という生き物です。
ちなみに、今はどういう状況かと申しますと、前方にダメ王子とビッチ、国王と王妃(左手消失)、それに加えて、攻略対象の五人のキャラが並んでいる状況でございます。
そして、後方には数千人(!)のモブキャラが同じ顔に色違いの服で並んでおります。
扉から王座まで続いているふかふかの赤絨毯――それを挟むように同じ顔がずらっと並んでいるのです。
大勢の前で断罪されていると表現したかったのでしょうが、この人数はやり過ぎです。いくらコピペだからと言っても限度があるでしょう。
謁見の間なのに、ちょっとしたコンサートホール並みの広さになっております。
これ、絶対に後ろの方まで声届いておりませんよね?
まあ、この程度の演出に文句をつけるようでは『王妃(仮)』なんてやってられないのでございます。
最前列左側で赤絨毯に一番近いところにいるモブ1。
彼こそが、このRTAで重要になるキャラでございます。
ゲームと同様に、彼がちゃんといることにほっと一安心いたしました。
というわけで、ここでもダ◯シム同様、座標ずらしバグでございます。
今度は手ではなく、顔の向きをずらしていきます。
まずは攻略対象であり、わたくしの永遠の王子様イェーリオ様に熱い視線を送ります。
これで彼が選択対象になり、カーソルが彼を指し示します。
ここで決定ボタンを押せば彼の好感度が5上がるのですが、カーソルがイェーリオ様に重なった直後1フレーム以内に左に視線をそらしますと、首が少し左を向き、カーソルも左にずれるのです。
後はこれを繰り返していきますと――首だけが反転いたします。いわゆる「56」という技でございます。
このとき、攻略キャラを選択するはずのカーソルはモブ1を指定しております。
ここで決定ボタンを押すと、選ばれるのはモブ1になるはずなのですが、もちろん、運営側はモブ1が選ばれることは想定しておりません。
その結果――モブ1の表示がイェーリオ様に変身するのです。
しかも、上半身裸になった姿でございます。
はふぅ。
半裸のイェーリオ様、尊すぎる……。
あまりの尊さに涎やら、鼻血やら、魂やらがこぼれそうになりましたが、今のわたくしは貴族令嬢です。
落ち着いて、走者モードに戻るとしましょう。
半裸イェーリオ様を指し示しているカーソルをキャンセルしますと、また、もとの選択場面に戻るので、先ほどと同じようにイェーリオ様を選択肢し――「56」を発動させます。
今度の選択先は半裸になったイェーリオ様。
そうすると、半裸イェーリオ様が今度は2人に!
これぞ、「分身バグ」でございます!
これを繰り返していくたびに、半裸イェーリオ様が倍々で増えていくのでございます。
2回、3回……と7回繰り返していきますと、128人の半裸イェーリオ様が並ぶことになります。
赤絨毯の左側にずらりと並ぶ半裸イェーリオ様たち。
おうふ……。
通常プレイでは絶対に見れない天国。
この光景を見るために、わたくしはRTAをやっているのでございます。
ここまで3分。
電源を入れてから3分で天国に到達。
素晴らしき『王妃(仮)』。
素晴らしきバグ。
――でございます。
◇◆◇◆◇◆◇
005 パシン、パシン、パシン、パシン――
128人の半裸イェーリオ様が並ぶ天国――。
わたくしはこのゲームをとことんまでやり込んでおります。
イェーリオ様の尊い姿を拝むために、昼も夜もやり込みました。
嬉しい日には、イェーリオ様と喜びを分かち合い。
悲しい日には、イェーリオ様に慰めてもらう。
わたくしの生活はイェーリオ様とともにあったのです。
イェーリオ様はわたくしの灰色の生活に差し込んだ一条の光でした。
イェーリオ様がいらっしゃったからこそ、お局さんのイビリにも、上司のセクハラにも耐えられました。
信頼できる友人も、甘えられる恋人も、わたくしには一人もおりません。
そんなわたくしを支えてくださったのはイェーリオ様だけでした。
わたくしにとって伴侶とも言えるイェーリオ様。
どのお姿も素晴らしいのですが、ひとつ問題がございました。
もっとも尊いお姿には、正規の方法では出逢えないのです。普通にプレイしても、CGやムービーを鑑賞するモードでもお逢いできないのです。残念ながら、バグを利用しなければ出逢えないのです。
そうです。
128人の半裸イェーリオ様に出逢うには、この方法しかなかったのです。
そのうえ、この光景は保存できません。
このお姿にお逢いするためには、毎回イチからやり直さねばならないのです。
それゆえ、わたくしは走り始めたのです。
一秒でも速くこのお姿にお目にかかるために――。
じゅるり。
ずっと眺めていたいところではありますが、そうもまいりません。
キャラ選択画面で一定時間放置すると、ダメ王子が怒っ斬りかかってくるという謎エンドになるのです。
このあたりが『王妃(仮)』が『王妃(仮)』たるゆえんなのでございます。
ですので、名残惜しくもイェーリオ様を選択。
イェーリオ様と視線が交わり、わたくしの心臓がキュンとなりますが、イェーリオ様の視線に熱はこもっておりません。
現時点で、イェーリオ様の好感度は100。
わたくしを好きでも嫌いでもない、ニュートラルな状態なのです。
イェーリオ様はオープニングでは、一切行動いたしません。
まあ、当然でしょう。もし、なんらかのアクションを取れるようにしていたら、新たなバグが生まれるだけです。
クソ運営としては、懸命な選択でしょう。
ともあれ、イェーリオ様が動けないことが、この後の行動に大切になるのです。
「――そこの悪女を牢に幽閉せよッ!」
ダメ王子が部下に命じました。
その後ろではビッチが醜悪な笑みを浮かべております。
この後は、二人の騎士によって連行され、牢に閉じ込められる流れです。
けれど、RTAプレイヤーが黙ってそれを待っているわけはないと、すでに皆様ご存知でしょう。
インベントリを開いて、あれやこれやしますと――。
本来は動けないはずなのに、自由に動けるようになるのでございます。
今までは半径1メートル以内しか動けなかったのですが、赤絨毯の上ならば自由に移動可能になるのです。
ほんとうに便利ですわね、インベントリ。
『王妃(仮)』では、インベントリはバグの宝箱。
大抵のことは、インベントリを操作することでなんとかなってしまうのです。
あまりにも便利すぎて『四次元ポ○ット』と呼ばれておりました。
というわけで、自由になったわたくしはクルリと反転、ずらりと並ぶ半裸イェーリオ様に向かって、まっすぐと腕を伸ばします。手のひらは開いたままです。
騎士たちがわたくしを捕らえようと向かって来ますが、それより先にわたくしは扉に向かって走り出す――。
走りながら、わたくしの手のひらは次から次へと半裸イェーリオ様の頬をビンタしてまいります。
なぜ、最愛のイェーリオ様の頬を叩かないといけないのか、それはもちろんわたくしがドSだから……ではなくて、これこそがクリアに必要なみっつ目のフラグだからです。
パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン、パシン――。
彫像のように端整なご尊顔をビンタしていく乾いた音がリズミカルに鳴り響きます。
これぞ、『王妃(仮)』名物の手動ビンタ!
『王妃(仮)』にはアクションシーンも登場いたします。とはいえ、乙女ゲームなので、ガチではありません。
『ビンタ』や『キック』などのオートコマンドがあり、タイミングに合わせて、コマンドを選ぶだけで自動的に攻撃が発動いたします。
ここまでは問題ないのですが、クソ運営はいつものごとく無駄なこだわりを見せ、格闘ゲームみたいにプレイヤーが手動で主人公を動かすこともできるようになっております。
手動戦闘では、攻撃判定は身体部位の座標と移動速度で決定されます。
なので、戦闘シーンでなくても、今回みたいに速く身体を動かすことによって攻撃判定が発生するのです!。
パシン、パシン、パシン、パシン――。
あっん、快感っ!
エンディング召喚のためのみっつ目のフラグ。それは攻略キャラの好感度ですの――パシン。
攻略対象の好感度は0から255まで――高ければ高いほど主人公への好感度が高いのです――パシン。
そして、クリアするためには対象キャラの好感度が200以上なければならないないのです――パシン。
だから、今はイェーリオ様の好感度を上げいてる最中でございます――パシン。
言い間違いじゃないですわよ――パシン。
下げているのではなくて、上げているのですわよ――パシン。
なぜ、ビンタでそれが可能ですかって?
それは愛しのイェーリオ様がドMだから――パシン。
ではないですわよ。もちろん――パシン。
当然のことですが、キャラを攻撃すると好感度は下がります――パシン。
さすがに攻撃して好感度が上がるほど『王妃(仮)』は狂ってはおりません――パシン。
バグまみれではありますが、世界観自体は王道なのです――パシン。
わたくしがビンタするたびにイェーリオ様の好感度は1ずつ下がっていきます――パシン。
そして、好感度がゼロになったところで――パシン!
もう一発お見舞いすると、好感度は-1ではなく、255になるのですっ!
いわゆる――「負のオーバーフロー」と呼ばれる現象ですわ。
パラメータがゼロより小さくなれないので、最高値になる仕様なのですわ。
ふた昔前のレトロゲーではよくあったそうなのですが、この時代にそんなバグ潰さないわけがない――と思われるでしょうが、そこが『王妃(仮)』の『王妃(仮)』たるゆえんでございます。
だてに、ク○ゲーオブザイヤーは受賞しておりませんの。
ちなみに、なぜクソ運営が対策していないかと申しますと、通常プレイではゼロまで好感度が下がらないからです。
キャラの好感度が20未満になると、主人公はそのキャラに殺されバッドエンドになるのです。
なので、好感度がゼロになることはあり得ないから、いいよね――これがクソ運営の発想でございます。呆れてものも言えませんわね。
まあ、そのおかげで5分ちょっとでエンディングが拝めるのですから、文句を言える立場ではありませんわね。
殺されバッドエンドはオープニング中は発動しないのでございます。
ということでビンタ百連発によって、イェーリオ様の好感度はMAX状態――余裕でフラグ成立でございます。
◇◆◇◆◇◆◇
006 エンディング召喚でございます
というわけで、百連コンボをキメたわたくしは、扉の前で二人の兵士が捕まえに来るのを待ちます。
RTA走者にとって待つだけというのは非常にもどかしい時間なのですが、こればかりはどうしようもありません。
その間にやるべきは、「足フェチ錬成」で得たふたつのアイテムをインベントリから取り出すだけです。
ひとつ目は『天使のハンカチ』――これを右手に装備いたします。
ふたつ目は『催眠ポーション』――これを左手に装備いたします。
これでなにをするか、もう想像がついたかと思います。
準備が整ったわたくしは、兵士に両脇を抱えられて華麗に退出となります。
王座の間から廊下に連れ出されると、扉が閉まります。
通常なら、このまま地下牢に幽閉されるのですが――わたくしは『天使のハンカチ』を口元に当て、『催眠ポーション』を二人の兵士を振りかけます。
すると――。
二人の兵士はすぐさま眠ってしまいますが、状態異常攻撃を無効化する『天使のハンカチ』のおかげで、わたくしは問題なく動けます。
そこで、昏倒する兵士の一人を抱え込み、扉にもたれかかるように立たせます。
さて、ここからがちょっとシビアなので、ガチ集中モードに切り替えましょう。
わたくしがやろうとしているのは「扉抜けバグ」。
『王妃(仮)』に限らず、多くのゲームで扉はバグの温床だそうです。
扉という日常ではなんてことないオブジェクトですが、ゲームでそれを再現するのはとんでもなく難しいらしいです。
詳しくは「扉 バグ」で検索してほしいのですが、扉ほど開発者泣かせなものはないみたいです。
もちろん、バグゲーである『王妃(仮)』においても扉バグは健在。
基本的にどんな扉もすり抜け可能になっております。
その方法はいくつかございますが、わたくしがやろうとしているのは最高難易度――1フレーム技(約0.016秒以内)を3回連続で成功させなければなりません。
ですが、何千回とやり込んだわたくしにとっては楽勝でございます。
「小足見てから余裕でした」なのです。
立てかけた兵士のお腹を蹴ってジャンプ。
肩を蹴ってもう一度ジャンプ。
兵士と扉の間に足を挟み込んだ瞬間|(1フレーム)――インベントリを開き、すぐに閉じる(1フレーム)。
そして、わたくしと兵士の身体が重なった瞬間|(1フレーム)、もう一度ジャンプ。
そうすると、扉と重なったわたくしは、王座の間の中へと押し出されるのです。
一発成功ですわっ!
この瞬間――エンディング召喚するためのフラグがすべて成立いたしましたわ。
イェーリオ様ルートでエンディングが召喚される条件、それは――。
(1)『精霊の指輪』所持。
(2)『機密書類Ω』所持。
(3)イェーリオ様の好感度200以上。
(4)関係者が王座の間に揃っている。
この4条件を満たした上で、王座の間に入ることでございます。
わたくしがオープニングバグを発見するまでは、(4)が一番厄介でした。
オープニング以降はイェーリオ様はしばらく王座の間には近寄らないのです。
なので以前は、気絶させたイェーリオ様を窓から投げ入れなければならず、なかなかシュールでした。
ですが、オープニングシーンは関係者がみんな揃ってので、(4)は自動的に満たされ――エンディング開始です。
『王妃(仮)』のAny%はこの瞬間までのタイムを競うものです。
ステータス画面で経過時間を確認すると――。
――5:21.334。
よしっ!
記録更新っ!
ゲームと同じように、なにごともなくイェーリオ様エンドが始まった。
イェーリオ様が私に駆け寄る。
もちろん、一人だけだし、服もちゃんと着てる。
イェーリオ様にぎゅっと抱きしめられる。
ああっ!
憧れの王子様に抱かれ、脳が蕩ける。
生きてて良かった。
ホント、生きてて良かった。
イェーリオ様と結ばれる幸せ、そして、記録更新できた喜び。
ふたつの思いに、私は歓喜する。
その後は、ゲームと同じ流れだった――。
イェーリオ様が『機密書類Ω』を突きつけ、ダメ王子とビッチを断罪する。
青ざめた顔の二人は兵士に捕縛されて退出だ。
イェーリオ様が私の左手を取って高く掲げる。
『精霊の指輪』を皆に見せつけ、永久の愛を誓う。
私とイェーリオ様の結婚が認められ、万雷の拍手が沸き上がる。
鳴り止まない拍手の中、イェーリオ様は私を強く抱きしめ、永遠にも思われる熱い口吻を――。
まさキチです。
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
現実世界に戻れたのか、イェーリオ様とのイチャイチャ生活を送ったのか、皆様のご想像におまかせします。
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今後の執筆の励みになります。
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