幸せな賄い食
「ステラちゃん!四番のテーブルオーダー頼んだ!」
「承知しましたー!」
「おーい、セルテちゃん、これお代わり!」
「これで7杯目?そろそろやめときなさいよ」
昨日までとはまるで動きが違う、エバフで見ていた二枚看板娘が戻ってきた。
一番恐れていた報復襲撃も今の所見られず、俺たちはまだこの街にいた。
カクタスは上機嫌に酒と料理を振る舞っている。
一見冷たくあしらうようで、その実相手のことをちゃんと考えているのが言葉に行動に表情にと表れるセルテ。
美しい所作と少し乱雑な口。表情は豊かだが、よく眉間に皺を寄せている。ふと歯に噛んだような笑顔が客を虜にする。
流れるように料理を下拵えしながらオーダーを通して、誰とでもにこやかに話すステラ。
裏表のない言葉は常に人を気遣い、相手への思いやりに溢れている。珍しい白髪と深い紫の瞳、恐ろしいほど整った顔は、その性格からか、美しいより可愛いの方がしっくりくる。
この二人のポテンシャルがフルで発揮されれば、店の売上はまず安泰だもんな。
まあ、脅したり説教したりはするが…。
で、コロネはというと…
「お、ちんまいの、そこにいたんか!」
食器棚の上に場所をもらい、偉そうな感じで下々の者どもを見守っている。
ちょいちょい飯をくれようという気配を感じると下界に降り立ち、全く警戒することなく食い物を手から受け取ったかと思えば満足そうに愛嬌を振り撒き、また戻ってゆく。
カクタスもよくわっていて、いつの間にやら餌付け用に野菜の盛り合わせなんぞメニューに掲げてやがる。
しかし…なんとなくその姿は中毒性を感じるものがあるな。
俺はというと、端っこの方でちびちび酒を煽りつつ、周囲の警戒に努めていた。
何せこの街の根の深い闇の部分に触れてしまったのだ。いつ襲撃されてもおかしくはない。
ただ、何となく相手に目星はつけていた。
まもなく営業が終わろうかという時間帯、店主が賄いを出してくれる。
お、今日はカフカラ出汁の煮込み野菜か。
カフカラを時間をかけて煮込んだ黄金色のスープ。匂いだけで味が予想できる。一日営業しながら煮込まれ続け、上澄みから使っていって一日の一番最後に出てくるら一番味が煮出された汁に、大量のゴロゴロ野菜。
その内容は…
「はは、コロネのメシと同じ野菜か」
「おうよ、家族なんだろ?」
拳を掲げて気概を見せるカクタスに、同じく拳を上げて感謝を伝える。しかし大量だ。
取り分けスプーンでエキスと肉と野菜を深皿に移す(何せ鍋のまま出てきたからな)と、改めて立ち上る魅惑の香り。
野菜にスプーンを当てると、大きめに切り分けてあったのに、簡単に一口大にカットすることができる。やや大きめの塊のまま、大口を開けて放り込む。
…うまい。
少しピリッとするのは悪魔の種の仕業だな。
固い根野菜がほろほろに崩れて、鳥の旨味がひと噛みごとに溢れ出す。やや熱過ぎる汁が口内で暴れ、うまく吐息を使って冷ましながら喉に流し込んでいく。
大きなサンラク一本丸々入っていただろうがそれもどんどんなくなっていく。
セルテが上品に口に入れて良い笑顔を浮かべ、それを見てステラがまあ嬉しそうに食べること。
それでも残りそうだと思ったら、今度はステラの提案で赤玉ケントを潰して鍋に放り込み、米を入れて煮立たせ直して来た。
濃厚なスープに赤玉ケントの爽やかな酸味と独特の甘みが溶け込み、また別の食べ物のようだ。
そこに炊き込まれた米が旨味を吸い込み、そろそろ満腹と思っていた腹にさらに入り込んでゆく。店主がチーズをパラリ。
くそ、さらに食べたくなっちまう。
結局、四人で鍋ひとつ空にしてしまった。
最後の客が出て行くのを見届けたら早速コロネも降りてきて、満足そうに蕩けたステラの頭の上に収まる。
前より少し大きくなったな。そろそろ乗り切れなくなるんじゃ?と思うのだが、二人とも良いコンビネーションで巧みにバランスをとってゆく。
そのままの状態でステラは立ち上がり、片付けに入っていった。
やはり俺たちはこうでないとな。
店のドア看板をひっくり返し、今日も皆で宿に戻ろう。