この街の闇
宿に戻ると、ちょうどステラが牙兎を調理するのを店主とセルテが見守っているところだった。
「あ、イグジさん、おかえりなさい」
カウンターに座っていたセルテと店主も振り返る。
俺の首に巻き付いていたコロネは、俺の頭を踏み台に、カウンターに飛び乗った。
「コイツ、全然人を恐れねぇのな」
店主、カクタスといったな。
「あー、小さい時から私になつかせちゃったので…もう野生に戻れないかなって…」
ステラは苦笑いだ。あの時のことを思い出すのかもしれない。
コロネ自身はマイペースに、セルテの左腕を掴むと額をすり寄せていた。
「ちょっと!」
セルテが慌てている。
「で、質問なんだが、この街の治安は大丈夫なのか?」
「…何かあったかい?」
店主の顔色が変わる。
俺はさっきの顛末を皆に語った。
「街中で二対一の大立ち回りするわけにはいかんだろうと思ってな」
「そりゃ逃げてきて正解だわ」
セルテはいつものように色々考えているようだ。
「で、何かそういう奴らがいるのか?」
「まあ、この街は近隣の村々の出稼ぎが集まるからな。中にはタチの悪い奴らもいる。お前さんのその腕もそんな奴らにやられたんだろ」
「あれは明らかに街の前で待ち伏せする野盗だったぞ?」
「そいつらは今年に入ってから出てきた連中でなぁ、作物の育ちも悪かったみたいだからな、昨季は。そこで悪い事して味をしめたんだろうな」
苦々しい顔で店主が語った。
「街の中にいる連中は?」
「元々似たようなもんだが、こっちの方がタチが悪い。コイツらはもう長い間、冬になるとやってきて、人も物もさらっていく。捕まったら最後だ。別嬪さん達は特に気をつけろよ」
俺は二人に目線を送る。
セルテはまだいい。自衛手段を過剰に持っている。それでも何かあれば力のない女性だ。警戒に越したことはない。
…問題はステラだ。
身軽で逃げるのはうまいが、いざとなると力もないし体力もない、いくら肉の解体には慣れていても(さっきの牙兎はもう既に煮込み料理に進化して別の素材に取り組んでいる)、その鋭すぎるナイフを人に向けるのは抵抗があるだろう。
「ステラは極力外出を控えろ。セルテも含めて、店を出るときは俺と一緒に行動してくれ」
「はーい」
鋭い目で頷くセルテと違い、気の抜けた返事をするステラ。絶対にわかっていない。
「ステラ、これお守り渡しとくわ」
「何です?これ」
「あんたに変なことする奴がいたらそいつの鼻を削ぎ落とす呪いが入れてあるわ」
「ひえっ」
…それ以上に残忍なヤツを俺に忍ばせたことを知ったらどんな顔をするんだかな。
ふと思い出して赤い石を取り出すと、赤い石は怪しく光を放っていた。
俺の腕を貫いた矢は、もしかしてコイツに阻まれて逸れてくれたのかもな。
そういえば、セルテがステラのように白地に赤い服を着ている。普段は白や黒のシックな色が好きなようだが…。
「じゃあ、あんたを用心棒にしよう。細ぇけど腕が立つようだし、片腕でもいいパンチで竜でも叩いてくれそうだ。ここは酒場だ。ガラの悪りぃ連中も出入りがあるからな」
渡りに船だった。皆の役に立てると思えばなんでもできるのだった。
だが、街の悪い連中が狙っていたのは、俺が考えたどれでもなかった。