一宿の縁
「これは自信作ですよー!」
「はは、良い肉を持ってきてくれたから、ステラちゃんと頑張っちゃったよ」
家主のマーサさんとステラが出したのは鍋だった。
「だいぶ野菜がいっぱい盛り上がってるけど?」
「はい、このタレで野菜をほぐしながら食べてみてください」
「ほーう?」
セルテと顔を見合わせ、上の方の紐のような芽と真ん中の葉野菜を突き崩しながら取り分ける。
野菜の下には牙兎の肉がたんまりと、湯に旨味を溶かし込むように仕込まれていた。
「野菜で肉を包んで蒸すように煮たのか」
「はい。冷めないうちにどうぞ!」
一口大というにはだいぶ大きく切り分けられた野菜たち、そこに肉を紛れ込ませ、薄茶色のトロリとしたタレに絡めて口に入れる。
「…うおぉ…」
なんとも言えない、肉の旨みそのものが野菜に染み込んでいる。野菜のシャキッとした歯応えがあるのがまた良い。
「これは…無限にイケるわね…」
セルテよ、いつもそれ言ってないか?
だが美味いものの前では人は無力なものだ。
無駄口を叩かず、ただ食すのみ。
あっさりとした食感と、鍋に溜まった濃厚なスープがまた食味を変えてくるので無限にループできるのだ。
よく見ると、砕いた骨を薄い網に入れ、肉の下敷きにしてあるようだ。そのおかげで肉は鍋に貼り付かず、骨がさらに良い風味をプラスしているのか…。
「はっは、あんたら、美味しそうに食べるね!」
そう言ったマーサまで
「あら、これ本当に美味しいわ!」
と言い出してガツガツ食べてしまうのだった。
「はぁぁ、やっぱり人のいる食卓ってのは良いもんだね」
食後のひと段落、マーサが言う。
「この街は男が少ないのか?」
昼間感じた事を投げかけてみる。
「貧しい街だからね。男衆は隣の街に行って出稼ぎしてるよ」
「マーサさんのご家族も?」
「そうだね、夫と息子二人が野菜売りに行って、その足で工場に行ってるよ。春野菜の種植えの頃には戻るけどね」
何を作る工場なのだろうか?
「この辺りだと器かしら?」
「良い線ついてるわ。だけど染め物よ」
と、マーサが立ち上がり、奥の部屋から布と服を持ってきた。
「ほら、これだよ」
「あ!」
セルテが驚く。
「わかってくれると嬉しいね。有名なんだよ」
俺はよく知らなかったが、薄い赤と白の色合いが絶妙に美しい紋様になっていた。
「コルトレ織物ね」
「そう、ステラちゃんに似合うんじゃない?」
明らかにサイズの合わない服を着ているステラを見て、マーサが服を当てがう。
「コルトレ織物はね、この薄赤に染めた塗料に力が宿る。この塗料を使って染めた糸て紋様に魔力を込めてある。だから耐久性も高いし機能性も良い。明日、この服を仕立て直してあげるよ」
「え!そんな!」
ステラが慌てる。
「いいのよ、ババアの道楽に付き合っておくれ」
「じゃあ、俺たちは明日一日、対価として労働力を提供しよう」
「賛成」
「ええ!?」
ステラを差し置き、三人で共謀して流れを作った。
その夜は半月ぶりに一晩丸々、体を伸ばしてくつろげた。
家主の部屋からはなかなか明かりが途絶えない。それもまた、程よい明かりで心地の良いものだった。




