踊る芋
「ごめんなさい」
「いや、気にしないでほしい」
「いえ、気にしないなんてできません」
「いやいや、それでは困る」
「いえいえ、私もこれでは故郷の村に顔負けができません」
ここは譲れないいえいえ合戦。絶対に謝らないといけないので何としても負けられない。
「ハイハイ、悪いのは私たち8割、この小娘2割。あんたに非は無し。ほらこれ謝罪の品。これで手打ちにしてもらえる?」
何とも言えないいい香りの、燻肉とお芋と玉葱の炒め物。
中皿ふたつにたっぷり盛り分けて、セルテさんが私とイグジさんの前に一皿ずつ置いてくれる。
「おおーー!今日の賄いご飯、肉詰めじゃないんですか!?」
私はもうこれだけで大興奮だね。
奥からマスターが
「セルテちゃんと俺からの謝罪の一品だ。よく見てみな」
お酒をボトルから樽に継ぎ足しながら、ニヤリとこちらを向いた。
「ほほーう!ふむふむ」
よく見ると下敷きに大好きな焼き肉詰め!
「はあぁぁぁ!すごーい!」
あ、いけない。
「すみませんイグジさん、まず仕事の話を」
「いや、いいんだ。恥ずかしい話こちらも食うに困っててね。こんなうまそうな料理、我慢できないからとりあえず食べようか」
「お、話が合いますね!」
優しさの言葉なのか本音なのかはわからないけど、この人の良いところを一つ見た気がする。
「では、命の巡りに感謝を」
普通に作るとお芋が油を吸ってベタッとしがちなのに、フライパンを育ててるマスターはこの料理を炒めるときにほとんど油を使わない。
スパーラの燻肉も、油が出るお腹のお肉でなく、筋肉の味が良い肩の肉を使ってるから旨味が強いし歯応えも良い。
サクサクのお芋と、シャキシャキとした玉葱。そこに肉の旨味が染み込んで…。鼻にふわっと抜けるのは、甘く優しい酒精の弱いお酒の香り。そこにピリッとアクセントになるのが悪魔の種こと黒胡椒。お酒に合うようにだいぶ強く振ってあるのが山猫のお決まり。
「はぁぁ…」
いけない、こんな残念な顔、初対面の人に見せられないよ。
「はは、うまそうに食べるな」
あー、ばっちり見られてた。
「私、本当にご飯大好きで…もうしっかり餌付けされてます」
「いや、本当に美味いよ、ここ」
嬉しいこと言ってくれるね!
しかし今日はみんなの目線が痛い…待ち合わせ場所、山猫じゃないほうがよかったかな。
「ステラ、今日は見ての通り、酔えない酔っ払いとあんたたちだけだから皿洗いもいらないよ」
「なんか…ごめんなさい」
ステラさんが悪戯っぽい目をこちらに向けてくるので少しむず痒くなってしまう。
「ほんとだぜ」
「やかましいわ」
すぐ野次を入れるアノマさんにセルテさんがすかさず合いの手を入れる。
本当に従業員とお客さんだろうかと思うほど距離感の近いこのお店。
私なりに後ろ盾のないこの街で自分より強かろう人と安心して話せる場所はここしかないのだった。
さて、お皿が綺麗になったところで仕事の話をば。
「詳細は大体把握した。だが、いきなりパーティを組んで討伐できるほど甘い相手ではないな」
「同感です」
カエンドリの卵が高級食材になってしまう1番大きな理由なのだ。人も不意を突かれるとひとたまりもない。
いや、不意を突かれなくても巨大、俊敏、用心深くて執拗、それに毒持ちと難易度がとんでもないことになってしまうのだ。美味しいらしいけど。いやまだ食べたことないけど。
「明日は依頼は受けているか?」
「いえ、この依頼だけですね」
思惑は一致した。
「では明日」
「ああ、臨時パーティでひと仕事して考えよう」
「イグジさんが見たとき、依頼ボードにまだ良いの残ってました?」
「これのことか」
どうも気が合うらしい。手の中には
『牙兎納品(10羽以下)1羽につき80リル』
『蓄力器素材の採集依頼-出来高払い』
の二つのタグが几帳面に折り畳まれていた。
「そうですこれこれ!」
「この話を受けるにしろどちらにしろ、この二つは俺がやろうと思っていた」
でも、イグジさんの姿を見て少し考える。
「ところで、イグジさんのスタイルってどんな感じですか?」
明らかに重量のある鎧を着込んで、持っている武器は短めの剣。戦闘スタイルとしては間合いが足りない、動けない、俊敏性が足りないことになるよね。
「ああ、俺は射出系魔術と剣撃を合わせているんだ」
お芋の皮を剥くセルテさんと目が合う。
「そのナイフ貸してくれるか?」
「……」
セルテさんがナイフの柄を差し出す。
少し空気が張り詰めた気がする。
「失礼」
左の手でお芋を指差すと、急にお芋が跳ね上がった。
「えっ」
私の声が漏れるその間に、皮が4枚。
芋が放物線の頂点に到着する頃にもう2枚。さらに微調整をする様にまた3枚。落下するお芋の芽がぱんぱんぱんと消し飛んでいく。
籠に戻ったお芋さんは、あっという間に下処理が終わってしまっていたのだった。