水竜の正体
口を開けた竜は、俺の手を何か噛み噛み、しばらく弄んだ後、体の向きを変えてこちらに直った。
清浄な沢で手を洗い口を濯いだかのような、清々しい冷涼感だった。
悪戯っぽく俺に顔を向けた後、竜は驚くべき行動を始めた。
「星の子よ」
小さいが、威厳のある声が耳に届く。
竜が…人語を話し始めたのだ。
「あなたが話しているの?」
ステラは本当に物おじしない。
「いかにも。星の子よ」
「竜と…話ができるなんて聞いたことがないわ…」
セルテは驚きを隠さないでいた。
「当然。其方らが生まれる前からこの地で見守るが我。いわば其方らの父であり母。その子らの言葉を話せぬわけがなかろうに」
妙に納得する言葉だ。
「我々は其方らの栄えるはるか昔よりこの星で生まれ変わりを繰り返す。死に行く星を見届けるまで繰り返すことであろうな。その間に栄えては消えてゆく星の民草の言葉を話せない道理はあるまい」
「あなたは、いつぐらいからここにいるの?」
「ふむ、この地に民が住み出す前から、門は変えど、この場所にはいるのでな」
…つまり千年は超えるわけか。
出入り口は変えながらもこの街を支えてきたのがこの竜、そして…あの竜玉。
この竜がこの場所にいることで、人々はその上に、この場所を中心に街を広げたのか?
「貴方はこの街の滅亡をご存知か?」
俺は聞いてみる。
「いかにも。我が命が尽きて、弱きものとして再誕するまで見守り続けておるつもりであったが、予想外のところで滅びよる」
「再誕…弱きものとして…?」
セルテが疑問を投げかけた。
ステラの胸元から抜け出したコロネが、竜の足元で愛嬌を振り撒く。
竜はコロネに頬擦りをしていた。
「当然であろう?人が我らが宝を求める限り、宝は有限。減っていく一方じゃ。いずれは失われるが道理というもの」
セルテがなにか、大いに納得したというような表情をしていた。あれだけ聡い女だ。何か理解するものがあるのだろう。
しかし、恐ろしく大きなスケールで話が進み、俺にはまるで理解できない。
「私、前から不思議に思っていたんです。人が竜から得る宝はどうやって集めてきたのかなって」
「ほう、良き見方じゃの」
笑った?そう見える。
「竜は星の力の結晶と分身。
つまり、宝と我はそもそも同一の存在。
人が我らを削れば、我らは弱く小さくなる。
しかし、まだ星には力がある。この宝がなくなる時、我は新たな宝の守り手として再誕する。無論、別の竜としてだが」
急にやってきた我々の不躾で矢継ぎ早の質問に、特に抵抗なく竜は答えてくれる。わかりやすく言葉を選んで。
「あなたたちはどれだけたくさんいるの?どうして人に力を…命を与えてくれるの?」
「ふむ…星の子よ。其方がそれを聞くか…では、水の竜として応えようか」
竜は少し、考え込んだ様子だった。わざわざそんなことまで答えてくれるのか?
「この星は大きな水に浮く様に星の子らの住む島がある。そうであろう?」
「ええ」セルテが相槌を打つ。
「その大きな水溜まりそのものが我ら水竜の母なる者。生まれ変わることなく同一であり続ける者」
「なるほど、海は死なない。と」
「星の竜に最も近き母を祖に、島の大きな川、湖に我らは宿る」
…つまり、大陸の川や水源には水竜がいるのか。
コゴロシの森の奇跡を思い返す。
水源が枯れれば、竜はいなくなってしまうのか。
「突然あなたたちが湧き出したりするのは?」
「我らの宿る源がその島の腹に有れば、我らが顔を出すこともあろうな」
そのうち、この竜に対する違和感がなくなってくる。
まるで昔からの知り合いのように、話しやすい。
「あとは力を貸す理由だったか。星の一部として、星の民草に力を貸すのは自然であろう?その逆もまた然り。我に話せるのはこの程度かの」
ステラは言葉を噛み砕こうとしているが半分くらいは伝わったのだろうか、疑問符に満ちた顔をしていた。
「まあ、我も長らくここにおったが、この地での役目ももう終わりであろうな」
むくりと身体を起こした。
「よく来てくれた。星の子よ、民草よ。最期に話が出来て、我も楽しかったというもの。宝の残りは礼と思うが良い。まだ少し時間は残っておったのだが…我は一度母に戻り、どこか別の地にて生まれ変わろう。その時にでもまた会おうか」
そう言うと、竜はそのまま、霧のように姿を眩ませていなくなってしまった。