彼女の想い
ゴーストは生前の意識があるわけではない。という。
でも、生前に強い執着、無念、未練、そういうものがあると、それに引きずられる。
その結果、理性を伴わない思念体として、自然の力そのものが形を作っているもの。それがゴーストだとパパに習った。
だからこれは私にはおかしなことにしか見えない。
だって、表情や仕草、見た目も全て、この前会ったレクシアさんそのものなんだから。
「セルテ、わかっちゃったのね。つまんないわぁ」
そう言って浮かべる笑顔は、やっぱりゴーストなのかな、綺麗だけど、とても歪に感じられた。
「あなた、バカよ。大バカ。結局何がしたかったの?」
セルテさん目から涙が零れる。
「街の人を救いたいって…そう言ってたのは…」
私も、疑問をぶつけてみる。
「救ったわよ?ほら、みーんな死んで苦しみから解放されたでしょう?」
クスクスと笑いを浮かべる。
欺瞞だよ!
言いたかったけど、言葉がうまく出てこない。
「今のあなたとは議論の余地はない。私の大切なものを傷つけた。私はあなたを許さない」
「なーに?追いかけて見てたわよ?あの蜘蛛?あれはぁ、私じゃないわねぇ」
ニヤニヤと高いところから見下ろしてくる。
「そうかしら?どっかの筋肉魔術剣士が上手に切ってくれたおかげで殻の内側をじっくり見られたわ。呪詛がたーっぷり、内側に書いてあったじゃない。白髪の少女、生きたまま、致死毒でなく麻痺毒で、そこまで読めたわよ?」
「あらあら、私も詰めが甘いわぁ」
ケタケタと気持ちの悪い笑い声。
「ねえ?死んでくれる?私のためにー」
突然、黒い炎の腕で私を囲む。
ーーきゅい!
セルテさんの服だと余っちゃう胸元から、コロネが飛び出す。
「コロネ!」
ーーきゅん!
コロネを捕まえようとして驚く。
突然赤い尻尾が大きく伸びた、と思えば彼女の炎の腕をすっぱりと断ち切ったの。
ーそして私の前に堂々と、尻尾を掲げた。
私に新しくて心強くて気を許せる護衛が生まれて瞬間だった。
私も持っていた解体ナイフに切れ味を付与していく。
鋭く、なんでも切れるように。そう、なんでも。人の心も想いも。
逆手に構えてコロネの死角を埋める。
セルテさんが防護術を展開して歩き出す。
レクシアさんに一歩ずつ近づく。
イグジさんは、ドアの外を警戒している。
確かに外にもゴーストの気配が集まっているのだった。
「なあに?そんなに怯えちゃって」
彼女が向き直ると、バキバキとお店の壁が吹っ飛んでいく。
私たちに特効の攻撃はない。どうしよう。
セルテさんの方を見ると、ロッドの先、白水晶にはセルテさんの練り込んだ思念の力が青白く光っていた。
セルテさんが円を描き、放り込むようにロッドを描かすと、後でつながったボールのように、自然の力が動き出す。
「水の精の加護よ」
「ぐうっ!」
多分レクシアさんの属性は炎と悪、そして闇。
彼女が反転したかった力でステラさんが攻撃していく。
私はというと、姿勢を低く、近くにきた術を塞ぐしかできない。まだ左手で弓構えられないし!
私の魔術、役に立たない。ひぇぇ。
コロネはそんなに動けたの!?と思うほど俊敏に、入り込んできたゴーストたちを刈り取っていく。まさに“掃除屋”の動きだった。
イグジさんは…いつのまにか店の外に出て、集まったゴーストに刃を向けていた。
今日は射出魔術が冴えていた。
「なぜ?なぜこんなに…」
苦悶の顔を浮かべるレクシアさん。
「“魔術師は遅れて戦いに加わった時点で勝利が約束される、最後のピースであるべきだ。”って師匠に習ったでしょ?」
セルテさんが言う。
「わたしたちが強くなったんじゃない。あなたが弱くなってるの」
「なんでよぉお!あなたはいつも私の邪魔をする!いつも!いつもよ!」
突然取り乱したように、レクシアさんが暴れ出す。
セルテさんの防護はすごい。ちっとも危なさを感じない。
店の壁が吹っ飛び、外も寝室もみんな繋がっていく。
寝室のベッドが露わになり、彼女の亡骸、いや、抜け殻が目に入った。
「あ。」
何かの魔術を紡いであった。
彼女の身体を囲うように。
「ねえ、レクシア。魔術属性の反転について、私も調べてた時期があるの」
レクシアさんを追い込みながら、セルテさんが語る。
「反転魔術はできる属性、できない属性がある。知ってた?地水火風雷光闇の七属性は無理。でも、でもね」
セルテさんが続ける。
「無属性は反転できる。この意味わかる?」
私には理解が追いつかない。でも、それでレクシアさんはだんだんと姿が小さくなっていった。
「なぜ!なぜいつも!私の先を行く…羨ましい…でも、大好きよ…」
あれほど醜悪に暴れ回っていたレクシアさんが、まるで赤ちゃんに戻ったかのような、小さな思念の塊に。
そして、セルテさんと私は吸い寄せられるように、その塊を抱き寄せた。
暖かい…。
夕方だと言うのに、眩しいほどの月の光が差し込んでいた。
セルテさんが愛おしそうに、頬。確かにそこに頬があったように思う。頬を撫でると、塊はふと消えていった。
下から支えた私の腕の中には、無くなった“水流の涙”があった。