親子の食事
どれくらい経ったのだろう。
ーーあ
私は目を覚ました。
頭は鈍く、体も動かない。声は…
「あぅ…へうえはん…」
まともに口が動かない。
ここはどこだろう。なんでこんなことしてるんだっけ?
考えがまとまらない。
そのうち、アイツが戻ってくる。
足音もさせず、ひたひたと。
ーほらきた。
大きな10本足の虫が、肥大した腹を引きずり戻ってくる。
ああ、思い出してきた…私はこれから食べられちゃうんだね。
何でこんな時に起きてしまったのだろう。食べられるなら何も考えられない時にして欲しかった。
ーーチキチキチキ…
なんだろう?アイツはあそこにいるのに何かが私の周りを…
気づけば、顔くらいの大きさのグルゲアがうじゃうじゃと私を取り囲んでいた。
私はこの子達の食事なんだ…まだ丸呑みしてくれた方がよかったなぁ。きっとこの小さな口で、生きたままかじり取られていくんだ。
…痛いだろうなぁ。
姿勢も口も、身体も動かせない。ベタベタな糸で絡め取られ、私は何もできないまま…いや、待って。
頭が働き出した。
麻痺でうまく動けないけど、防御に全振りして付与をかけ続けたらどうなるかな?
もしかしたら、という思いが私の心を復活させる。
イグジさんは口の中で、心の中で詠唱を完結させる。
ステラさんは高速で簡略にした詠唱で高い威力を出す。
私なら何ができる?
ーテキ…ワレ…エダ…クルル…アリウ…エクスエクスエクスエクスエクス… 標的を私自身に定め、最大限、それを超えて、さらに耐久を強化せよ
機能しない頭の中で、動かない口で、詠唱を全力で繰り返す。
少しずつ私自身が光り始めた。
パパはなんて言ってたっけ…?
蜘蛛族の弱点…虫の弱点…熱だ。
詠唱を止めずに次のことを考える。
なんとか私を熱くできない?いや、付与魔術じゃ難しい。ああ、親が来ちゃう!
また親がこっちを見る。ヒタヒタと近寄ってくる。
その瞬間だった。
ーーすん
何か空気の揺れる感覚と共に、親蜘蛛の頭がへしゃ…とずれて中身が滴る。
グルゲアもやっと何か違和感を感じたのか、足をばたつかせるけど、抵抗はそれでおしまいだった。
動けない私にイグジさんが駆け寄る。
私が渡した解体ナイフで私の身体をベタベタから切り取ってくれる。
セルテさんは炎で子供達を焼き払っていく。
ああ、たすかったんだ…
また私の意識は遠くに旅立っていった。
…コロネ!
飛び起きる。
あたりを見回す。
体が痛い。首筋に何か激しい異物感。
それでも…
生きてる…?
膝の上に、コロネが頬を舐めにきた。
よかった、逃げてたんだね!
「起きたね…」
膝を立てて、セルテさんが立ち上がった。
何かを持ってこちらにやってくる。
「これ、飲んで」
苦いものを口に流し込まれ、むせながら飲み込む。
「ごめんね」
首に激痛。セルテさん、多分何かを塗り込んだのかな?
あたりは明るく、もう昼間のようだった。
…寒い。
ずっと使ってきたマントが木の枝にぶら下がっていて、ぼろぼろの細切れになっていた。
でも、命があるだけマシかな。痛い首を動かして身体を見ると、ステラさんの見覚えのある服に着替えさせられていた。
左手が動かない。右手は…多少動くけど、じわじわと砂の中に埋もれた身体を動かすような抵抗があった。
足は、立膝から腰を下ろした座り方でずっと過ごした後、立ち上がったあの痺れに近い。ビリビリとはしているけど、何も動かせないし、感触はとても鈍い。
「へうへはん…」
自分の声の頼りなさに驚いた。なんとか吐息に声を混ぜて、他の言葉を紡ごうとする。
「いいから、寝られそうなら寝ておきなさいな」
そう言われると、一度開いた目がまた閉じていくのだった。