ステラの初めての素材納品
偽の依頼だと気づいていなかったステラは、翌日ヤシマンバをイグジと運んで、偽の住所と存在しない卸商にショックを受けていた。
わかってて付き合ってやるイグジはいい奴だと思うわ。
2人で相談して、右手の爪マーケットに卸しに行こうとするのでこの街について教えてやった。
この街のマーケットは4つ。右手、右足、左手、左足の爪マーケットだ。
このうち、確かに食糧のマーケットは確かに右手の爪に集約される。
左手は生活用品と呪術・魔術用品、右足は武器防具と旅の物、左足は建築関連と、ある程度の棲み分けがある。
言うても各通りや飛び飛びで飲食店はあるし専門店もあちこちに点在はしている。
それぞれのマーケットにある問屋が、町全体の納品を受け持っている。
貴重な素材のオンパレードであるヤシマンバ。ちゃんと専門のところで卸しなさいっての。
ステラはこの街に来てもう2ヶ月半を超えるのに、まだそんなことも知らないとは…大丈夫かしら。
あ、ちゃんとぼったくる店の名前を除いたリストを渡してやったわよ。
『それ以外の店には絶対に卸しちゃダメよ』ってね。
それと、『その金額でセルテが良いと言うと思う?』って付け加えさせることにした。
店同士で競合させることが1番だけど、量が多いことと行く店が倍以上に増えちゃうこと、何よりお人好しと口下手のコンビじゃどこ行っても足元見られるのは目に見える。ならば、私の顔が効く店で最大限に脅しちゃおうってワケ。
まずは大量の肉を抱えて、2人は店を出た。
…ちゃんとできるか、気になる訳じゃないけど、なんとなくその先の店に顔が出したい気分だから、近くに行っても不思議じゃないわよね。
しばらく後をついてゆくと、見知らぬオッサンにステラが絡まれる。
イグジ、黙っていないで助けなさいよ!
…ああ、なんだ、ただの顧客先?
立ち去ろうとする街人に、あの花畑脳、何を考えたか、いきなり保存用の大袋から肉を取り出して渡した。
「何やってんの!」
気がつくと私はだいぶダッシュして、追い抜きざまステラの後頭部を掌でスパーンと叩いていた。
「あだーーーー!」
目を白黒させるステラ。
「この感じ、セルテさんでしょ!」
「当たり前よ!どこにいきなり希少獣の肉をあいさつがわりに渡すバカがいるのよ!」
「えー?いや。感謝したり次の依頼を待ってくれてた人にあげたいなって」
「んん…?それは…どうなんだろ?」
もらったら嬉しいお裾分けにしちゃえらい高級な肉。もらう方も気を使うんじゃ?って、なぜ肉をあげる前提なのか。
「100歩譲って、お裾分けにしても街を歩いてていきなりもらうのはもらったほうが困るわよ。ちゃんと店やら家にいる人から順に!ほら、行き先は?」
「セルテさん一緒に行ってくれるの?」
あーもう、ペースを乱されるったら。まあ、悪くないとも思ってるんだけどね。
ご馳走大好き娘が、世話になっている人に見返りを求めず肉を渡して巡る。
気がつけばイグジと2人で抱えていた肉が、みんななくなってしまった。
ここで時間は昼の刻を迎え、出店で一服。
「あんた、大物獲ったらいっつもこんなことしてるの?」
「いや、あんな大物滅多にないですもん」
「まあそうか」
イグジが頼んでいた真っ黒な墨の麺がとても気になりつつ、ちょうだいとは言えないまま食事を終える。
ステラは今日も、幸せそうに軟体動物の脚を噛みながら飲むように食べていた。
午後はいよいよ素材を捌きに行くという。
流石にそこまでついていくお人好しじゃなくてよ。
私はそこで別れ、昼寝をの後仕込みをしながら2人の帰りを待った。
ーーパターン!
「セルテさん、素材一通り売ったら85マレルになりした!」
見たことのない迫真の表情でステラが帰ってきた。
「まあ、それくらいにはなるわよね。100行かなかった理由は?」
ちょうど間を開けて、イグジも入ってくる。
「脳の買い取りはダメでした…」
しゅんとするステラと気まずそうにするイグジ。
犯人はアンタか。
「あー、脳は魔術に使うなら傷はダメだわね。首で切り離すか毒で殺るか、ちゃんと工夫してやらないと」
「脳があればあと60マレルだったみたいですよ」
「ま、勉強料だね。次やる時は気をつけて。ってことよ」
こちらも順調に仕込みは終わり、ぼちぼちマスターが起きてきた。
その時だった。
ーーキイ
「やあ、ステラちゃんの肉のお礼に、運河で網ににかかる魚持ってきたよ」
ーーステラちゃんいるかい?酒持ってきたよ。
ーーステラちゃんにもらいもんしちゃったから野菜持ってきたよ
この調子で、開店から閉店まで客を呼び込む羽目になってしまった。
そのまま店でご飯と一杯とという客も多く、店は驚くほどの盛況になってしまった。
その真ん中で、楽しそうに食べていたステラが、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば…セルテさんに頼まれていたヤシマンバの生殖器、びやく?っていうのに使うって聞きましたけど、どういう薬なんですか?」
あ、その辺のこと忘れてたわ…。
私だけがなぜか社会的な辱めを多分に受け、ヤシマンバの件はこれにて終幕。
全く、やってらんないね。