探偵セルテの場当たり捜査
店に戻り、小ネタを仕込みにかかる。
『生殖器を用いた魔術素材、出来高報酬は事前に相談』
そう書いたタグを、広場の募集ボードに貼り付けに行く。
さて…どっちがヒットするかねぇ。
もはや確信があった。それぞれに時間を指定して、呼び出しにかかる。
山猫に戻り、待つこと数刻。
ステラのいない昼食は簡素であっという間に終わる。
夜に備え、一休みしてしばらくすると、1組目がやってきた。
「バレルだ。生殖器の魔力素材を頼みたいって奴はアンタか?」
いかにも小慣れた坊やがやってきた。
「そうよ。何か当てはある?」
「そうだな、マカクで良ければ2日で納品可能だろう。大体6マレルくらいだろうな。あとは消耗する武器、防具の分を出来高で乗せさせてもらう」
「マカク程度で6マレル?」
「マカクを馬鹿にするなよ?集団戦法で1匹いりゃ100匹が影から狙ってくるんだ。この身一つで戦いを挑むにゃリスクが高い」
「アスガーテとか手に入らないの?」
ちょっと吹っかけに入る。
「…は?馬鹿か?」
ポカンとした顔でこちらを見てくる。
アスガーテとは、二本爪の獣で、その角で縄張りとメスを争う習性から、雄の角と睾丸は高い魔力を集める素材になるのだ。
「25マレル。まけないからな」
「じゃ、この話はご破断だ。街の近くで冒険ごっこでもやっといで」
ほら、とここまでの相談料に50レルのコインをトスすると、それだけ受け取って彼は身を翻した。
「…どうだろうな」
嘘を言っている気配はなかった。しかしだよ。
「感じ悪い奴」
いや、人のこと言えないんだけどね。
マスターに頼んで置かせてもらっている、南方の穀物で作った酒を軽く口に含む。
コト…とグラスを置く音が、誰もいない空間の静寂を強調する。
騒々しい奴がいないだけで、こんなにここは広かったのかと思い知らされる。
ーーきゅ?
「コロネ?こっち来るかい?」
名を呼ぶと、ヨタヨタとその名の主が現れる。
珍獣マルカ。この国における貴重種でほぼ幻の存在。
幼体は胴が長く愛嬌のある見た目をしている。成体でも雌は幼体の延長線。だが、雄は特殊で、全く別種のような見た目に変化するという。
赤い尾とふさふさの毛並みを持つ四つ足だが、その前足は人並みに器用だ。
親が子を育てるのに数年かかる子育て獣で、一部の強い個体が雌から雄に10年かけて転化する。雄になると成長は鈍化し、寿命も生物としての強さも何倍にもなっていく。
だが、この子は既に雄。
よほど[守りたい雌]が近くにいたんだろうね。
膝の上に乗せると、人の肩を枕に昼寝を始めた。ピスピスと呼吸する鼻がくすぐったいが、悪い気はしない。
ーーキィィィ
二人目のお出ましだ。
「アンタが依頼者か?」
「アンタは?」
「ランドルだ」
本命が来た。
人のことを悪く言わないステラが、依頼で出た先で『あまりにマナーが悪かった』と怒り心頭だった奴だ。
「生殖器の強い魔力素材、何か思いつくものある?」
「近々、大物が入るかもしれないぜ?」
ぴくっ
いつのまにか肩の上に乗っていた、小さなボディガードが、何かの感情に当てられて目を覚ました。
「へぇ?これから大物討伐に行くの?」
「興味あるかい?」
勿体ぶった言い方でこちらの関心をひいてくる。
「そうね、何が入ってくるのかによるかしら?」
「この街じゃ、数年に一回入ってくるかどうかだ。ただし、見つからなかったら諦めてくれ。確率は…そうだな、三割ってところか」
ふーん、三割、ね。
「…七割の確率で『失敗』するの?」
「いや、素材が持ち込まれるの確率はもっと高い。だが、その生殖器が出るかどうかがわかんねぇんだ」
「へえ?『自分で獲ってくる』わりにはあやふやなのね?」
「要は俺はアンタにモノを持ち込みゃいいんだ。そうだろ?」
「で、モノと金額は何なの?」
次の一言で、確信に変わった。
「ヤシマンバだ。手に入りゃ30マレルで手を打つぜ」
彼が出ていった後、彼の足取りを注意して追いかける。
なかなかに面白いものが見られた。
不思議なことに、彼の売り込み先では、必ず彼の持ち込むものが手に入らない状況になっている。
右前足通り4番街表通りのミーニャは赤玉の反復石を20マレルで買わされた。
右後ろ足爪マーケットではラスクルがハラーマの骨粉を10マレルで買わされた。
尻尾通りの先端の門番は可愛い娘のためにアラガンの飾り羽根を8マレルで注文していた。
どれもこれも、相場の数倍だ。
コイツはどうやって、ステラとイグジからヤシマンバを奪い取るつもりなのか?
既に入荷を当てにしている以上、何か勝算を確信する仕込みがあるはず。
実力的には、それなりのものがあるのだろう。
隙のない立ち回りには自信が見え隠れしている。
そして、これだけアコギな商売をしながら尻尾を掴ませず、のうのうと食ってこれているという事実。
こちらも注意してかかる必要があろう。
さあ、仕込みの時間だ。動くのは明日からだ。