サンタラの狙い
あまりにも破壊力のあったリディアの演説の後では、族長や競りの元締めの奴の話など、全く霞んでしまった。
何せ、彼らの演説の最中にも、人々は見知らぬ隣人とリディアの公約を語り、目を輝かせていたのだから。
「最後に…サンタラさん、お願いします」
爆弾が残ってしまった。私もイグジもその一点がひたすらに不安だった。
サンタラが壇上をツカツカと歩く。
「…サンタラだ。ほとんどの奴は知り合いだな?」
船守の話を思い出す。確か…
「ほとんどの奴は俺を『バカ息子』とか『放蕩息子』とか聞いてるよな?」
自分で口にした。
「言いたい奴は言ってろ。そう思う奴は思ってろ。俺は動くぞ」
昨日会った時の紳士的な話し方からは思いもよらないキレと威勢の良さだった。
「さっき、リディア嬢が語った話、どう思う?」
不意に、場を持って行ったリディアの名前を引き合いに出す。
「俺の言いたかったこと一部、持ってかれちまった。すごい奴だ。なあ?」
観衆から歓声が上がる。
「だが、足りねぇ。それに他の奴。王国内での専売だ?経済の活性化にそんな小せえもんあてにすんなよ。たった数一万人程度の国だぞ?やるなら世界を相手にしろ!だ。」
そう言って、サンタラはニヤリと笑いを浮かべた。
「俺はな、この地域だけでなく、この国を早々と世界とつなげたいと思う。王には申し訳ねぇが、王の死を以て『樹病は根絶した』んだ。つまり、俺たちはもはや隔離の必要がないってことだろ?」
そう、確かに、王様が最後の一人であったのだから、正直もっと早く国を解放してもよかったのだ。
私もそれは感じていた。でも、王様はきっと万が一を考えていたのだと思う。それはみんなわかっている。
「そして、六千数百年前とは違う。もし、この国を元の世界に戻そうとして、そんな魔術師はこの国の人間全員集めてもいやしねぇ!元のこの国があった場所は、今は砂漠ってのが広がっていると聞くが、世界の元の場所には戻れない。だけどだ。次元を超えられるってのはこの国にしかないメリットだ」
自信に溢れた、理論に裏付けされた演説は聞くものを虜にする。
さっきまでの散漫さはどこへ行ったか、皆が聞き入っていた。
「みんな、俺のことをバカ息子と言う。俺もわかってる。じゃあ、何がバカなのか。本業を疎かにして調べ物ばかりしていたからに他ならない。…つまり、だ」
そう言うと、サンタラはさらに笑いを浮かべ、左手を真横に突き出した。
むにゅ。
急に、私の腕が何かに掴まれて、私は声を上げる。
「きゃぁ!」
突然前に現れたのは、手だった。
魔術だとわかった瞬間に私もその手を呪いで掴み、お返しを食らわせる。
「うおおぉぉ!やべぇぇぇ!」
壇上でサンタラの手が黒い炎に包まれていた。
…あ、そういうことか!
つまり、サンタラは次元というより時空を超える魔術、つまりA点とB点を座標化して接続するという、超級の魔術を習得していた。
これは才能と適性がないと覚えられない、極めて難しい無属性魔術だった。
演説内の演出であれば、さすがに私も無粋だったわね。
呪術を収縮させて回収する。
「…ふう、流石に今のは予定外だったぜ…」
焦りの表情がとけた。
「俺は今ある次元の出入り口に加え、時空を越える通過道を作る。この国を元の世界の各地と繋げ、移動の要所として繁栄させてやる!」
元の世界でも、時空の魔術は体系化されずほとんど特定の血族の専売特許と化している。
まさか、独立して研究する者がいて、しかも成功させるなんて!
「いいか?例えば、ある旅人が、世界のある国から別の国へ移動するとする。その間は歩けば一年だ。だが、ある国にも目的の国にも、幸いこの国との窓口が開かれていたとする。…どうだ?一度潜ればこの国。数日滞在してまた別の窓口から出国すれば目的の国だ」
なるほど、深く考えられていた。
通り抜けるために必ずこの国を通るのなら、そこで必ず金を落とす。そうして外貨を獲得することで、国を豊かにする。
これ以上の案は、どの候補者からも出てこなかった。ほぼ全ての街の人が見ている目の前で、一位、二位が決まったといえると思う。
あとは、有権者がどう判断するか。
そして、くだらない票の取りまとめや裏取引でこの盤面がひっくり返るのか。
本番の日が楽しみになるわね。