演説という魔法
今回は突貫で行われる選挙演説会。
特に今回は、代表を選ぶのに票の取りまとめやら裏の動きをさせたくないため、各陣営の不意をついた形にした。
次回からは、選挙開始時点でここまで段取りするように引き継ぎをしなきゃね。
さて、各候補者を呼び集め、仮に設置した舞台の上に六人の席を設ける。基本的には、私が会った順に左から。
でも、発表は進行役のくじ引きで決まる。
選挙の注目度はとても高い。この街の人口は八百人と聞いていたけど、どう見てもほぼ全ての人が集まっている。会場の市場はこの町で一番大きな建物だけど、収容しきれない人が船の上から壇上を覗こうとしている。
ー地の竜様、私たちの目的成就のため、力をお貸しください。
“地竜の瞳”に思念の力を流し込み、会場の拡大と舞台の嵩上げを行う。
…とは言っても、物理的に空間は広がらない。魔法で空間を捻じ曲げなくてはならないのだけど。
今度は声を大きくするためにまた術式を展開する。壇上から出た声が反響して聞こえるように。
この辺の魔術はあまり得意ではない。私が『魔術は上級』止まりの理由だわ。
まあ、時間さえかければなんとかなる。だいぶ疲れたけど。
なんとか、全員が収容できる状態にして正午を迎えることができた。
「では、これより、選挙演説会を始めます」
しょうがない、私が司会を取り仕切る。
「投票をする皆様にわかりやすい指標を提示できるよう、本日は、各候補者の皆さんに自分のスタンスや公約、どうしても実現したいこと、そして、今後王国をどうしていきたいか、こういった話をしていただきたいと思います」
観衆は初めてのことなので、何をするにも戸惑いはあるでしょうね。
ポカンとしながら話を聞いている印象だった。そして、ここからがポイント。
「そして、皆さんが問題だと思っていること、改善すべきだと思うこと、それに対する各候補者の考えや方針を示してもらいましょう」
壇上に大きなパネルを用意する。
各候補者に不正防止のため本人にサインしてもらった、同じ材質同じ大きさの紙を箱に入れ、くじにして順不同にして当てていく。
「まずは、自分の方針、公約、国をどうするか、この3点を話していただきながら、自己紹介をしていただきます。最初の方は…ニンゲルさん、どうぞ」
あの、市場の上役の態度が悪かった男が出てきた。
「よう。この街のほとんどの人は俺の顔を知っているだろう。ニンゲルだ。
俺は、この市場での売上をこの街に還元して、この街の豊かさをより実感できる街づくりをしたいと思う。
そのため、公約には『王国内の鮮魚、畜産業の専売化』を掲げる。専売にするとは、他の地域では漁業と畜産業ができないってことだ。うちに依存すれば、価格を上げられる。そうすりゃあ魚にしても四つ足にしても、一頭一尾の価値が上がるんだ。国?知ったことかよ。俺たちの思惑を無視して数千年、鳥籠にしまったようなことしやがって。そうだろう?」
一気に、捲し立てるように説明する。かなり偏っているとは思うけど、案としては響くかもね。
…明らかに値段を釣り上げることを目的とした専売なんて、認められるとは思えないけどね。
人々は、演説を聞きながら、なんとなく流れがわかって、同意するところでは拍手、それ以外では静かに聞くような雰囲気ができてきた。
続いてチックル族の族長。ほとんど自分の実績に終始していた。
その後に来たのが、リディアだった。
「こんにちは、ほとんどの方は私の顔を知らないと思います。畜産のラティス族のリディアと言います。見ての通り、半獣人です」
心配そうに周囲を見渡すリディア。中には確かに、しかめ面をしたり話を聞くのをやめる人もいる、ようだった。
「私が代表に名乗りを上げたのは、私たち半獣人のためだけではありません。この地域の閉鎖的な空気を変えて、王国全体に開かれた地域にしていきたいと思っています。そのために『中央との連携と観光都市としてのこの街の開発』を進めます」
…へえ?観光って言葉が出てくるのは予想外だった。
「私たちは数千年もの間、世界から隔離されたことを拗ねていじけて、そんなことを続けてきました。違いますか?」
爆弾発言だった。
それまで静かに聞いていた人々からは怒声が上がり、非難轟々。
それでも、的確に恐れることなく彼女は核心をついていた。
しばらく様子を見た後、彼女が手をかざすと、自然と声は収まった。
「私は皆さんより尚、弱者の立場です。その私が立ちあがろうと思うのです。皆さんも前に進みませんか? 私は最終的にはこの国を元の世界に戻したい、そう思っています。そのために、二つ目の公約として『次元を超えた国の出入りを積極的に行えるようにする』を掲げます!」
外の世界とのつながり。とても、とても魅力的な提案だった。
そして、この地域の人たちが欲しくて欲しくてたまらなかったもの。
彼女の提言は、この時、ほぼ全ての人たちに浸透した。
先ほどまでの避難時怒号が、ものの一瞬でひっくり返る。
彼女は恐ろしいほど理性的に、民衆を味方につけたのだった。