帰りを待つ
「マスター、揚げ焼き芋とエール」
「あいよ!エール先に出しといてくれ!」
フライパンを一つ壁から外し、コンロに置いて火をかける。
シャクセンを一掴みとバターをひと掬い、フライパンに放り込む。ジュウウゥ…と焼き音が響き始めたところで軽く果実酒を回しかけ、左手で持ち手を煽り、具材が宙を舞う。
揚げ芋のストックを一掴み。それにあいつらの大好きだった肉詰めを四本。入れる前に串で少し穴を開けることで肉汁を芋に染み込ませるのがポイントだ。
全ての具材が入ったところで強火で煽り、さっと混ぜ合わせる。
何度作っても、鼻に飛び込んでくる香りはたまらねぇな。
黒い悪魔の種をガリガリとすりつぶし、荒めにふりかける。またひと煽り、ふた煽り。深めの中皿に葉っぱを色味に敷いて、フライパンの中身をまとめて流し入れる。
へへ、完成だな。
「あいよ、揚げ焼き芋だ」
「ごめんマスター、追加でもう一つ!」
「なんだよ、一緒に頼めってんだ!」
とは言いながら、もう一回今の工程を辿るだけだ。そもそも料理が好きでこの店を始めたんだ、そんな中でもねぇ。
っと。
「おいおい、ビビンねぇでくれよ、怒ってねえって!」
「ほ、本当?」「ったり前だ」
マリンももうだいぶ働いてるはずだが、この辺、まだまだあいつらのようにゃいかねぇよなぁ。
今日も山猫の酒場は混み合っている。
包丁にステラが掛けてくれた切れ味の付与は絶好調。
セルテが魔術を組み込んだ冷蔵庫も、最高の働きっぷりだ。
「マスター、あいつら殴り合い始めた!」
「ったく!イグジみてぇな用心棒はどっかないねぇのか!」
あいつら、今何してるのかねー。
左手でフライパン、右手でゲンコツを振るいながら、俺はあいつらのことを思い出していた。
ふた皿目の揚げ焼き芋を品出ししながら、酒樽を入れ替える。
「おう、マスター!砂漠の街でステラちゃん見たぜ!」
背中から飛んできた、行商の常連の声を聞き俺は振り返る。
「なんだと!アイツら元気してるか?っと!やべっ!」
慌てて酒樽の一つをこぼしちまった。
「それがよ、橋に名前が刻んであるんだよ!この橋はステラとイグジとセルテとコロネが建てましたってな!」
「…へ?」
橋?なんで?
「あと、俺が見たときはステラちゃん、ちょっと若そうな若ぇ男と並んで歩いてたぜ!」
「……!」
おいおい、誰だよその男!俺はしらねぇぞ!
「マスター、『俺の知らねえ男なんかと』って顔に書いてあるよ」
クスクスとセルテの後に入ったマリンが笑う。
「ばか、アイツは本当にへんな虫がつかねぇか心配でだな!」
「イグジさんがいるんでしょ!」
「セルテもいるんだ、一人男が足んねぇだろう!そいつがステラ誑かして不良にしちまったらどうする!俺ぁそんなの許さねぇぞ!」
「おーいマスター!それよりこっちに酒が来てねぇぞ!」
「知るか!ステラの方が大事だろう!」
全く、分かってねぇな。
まあ、便りがないのは元気な証拠ってやつだろう。
少しオーダーが落ち着いたところで、俺は裏庭で空を見て一息つく。
ステラが突然迷い込んだ日を、俺は思い出していた。
風邪ひいて顔色悪くて。
どうしたもんかと思っていたら、自分で作った薬膳料理でとっとと治っちまう器用な奴だった。
あっという間に店に、街に馴染んで、俺たちの心に強烈に存在を焼き付けて、セルテを連れていっちまったな。
今は…そうか、南西の砂漠にいるのか。
いつでも思ってるからな。一周して戻ってこいよ!
今日も、エバフの酒場はいつもの喧騒の中で繁盛していた。