次元の壁
「あー…しんどかったぜ…」
「…」
「あんたたち、どんだけ走ってたのよ」
「ざっくり二刻半くらいか」
「ひえー…」
「俺やっぱりパーティ抜けようかな…」
「残念、入るのは簡単でも抜ける時は全速力で追いかけますよ。付与最大で行くので逃げられませんよ」
…それ、ステラごと連れ去ったら終わりじゃないか?
と思わなくもないが。
ステラが果実と蜜で作ってくれた回復薬が染み渡るように体に力を取り戻させる。
「で、先遣隊は無様に、カッコ悪く、情けなく、残念ながら、誠に遺憾ではあるけれど、虫に追い払われて、おめおめと、すごすごと、易々と逃げ帰ってきたわけだけども」
「口が悪い」
「しかし事実だからな、返す言葉もない」
「何かあったの?」
「正しくは、何かありそうなことを感じ取ったら虫がそこらじゅうから溢れるように現れたってところだな」
まだここの虫は細長くて足が大量でないだけ、俺には耐えられる。
だが、あの量の虫が沸いているようじゃ、調査なんぞしようもないのだが…。
「『塩の湖から五日、南に降った先にある石の名産地を越えるといよいよ王国の都の入り口だ。二つの大岩の間をくぐり右、そして左』って記述からすると、この辺だと思うんだけどなあ」
詳細地図を小説の表記と見合わせながら、
「さすがのセルテ様も完全な一致とはいかないようで」
「うるさい」
では、女性陣は何をやっていたのか。
「そちらの守備はどうだった?」
「石の名産地ていうのはここで間違いないわね」
振り返った先には鉱山の跡。
夕食を食べながら見る景色にしては殺風景だな。
「カレル石、マイト石、山蝋鉱、銀、色々と出てたみたいよ」
「すごいな、トレジャーハンターには見つからなかったのか?」
「強烈な侵入者避けがかかってましたからねー」
「ん?それはセルテ嬢の殲滅系魔術で吹っ飛ばしたのか?よく無事だったな?」
「私じゃないわ」
「あん?」
「土の精霊さんにお願いしました」
「あ、確かに土と岩って関係が深いんだったっけ?」
「地殻に関わるからね。“地竜の瞳”なんてそうそう手に入るものではないから、彼らも喜んで協力してくれたわ」
そう言うと、首にかけた“地竜の瞳”を手に取る。美しく赤く、宝石は輝いていた。
「しかし、アンタらの素性を聞いて驚いたぜ。竜の伝説を調べて回ってるってのはよくある話だが、水の竜、しかもその親玉だろ?さらに地の竜、精霊に妖精。ゴーストに心を失った亡霊、なんだよ、オカルト大全かよってんだ」
「だが、面白いだろ?」
「その点は異議はねぇ」
へへ、と歯を出して笑うサイトさん。
さて、次の一手だが…。
もし、国の場所が変わってしまっていたら全く手の打ちようがないのだが、変わっていないのなら。
俺たちは、別の空間に飛ばされる、隔絶した空間、そういった類のことを経験してきている。だから、その可能性を否定できないのだ。
セルテはそれを『次元の壁』と表現する。
「なあ、まだ俺には理屈がよくわかんねぇんだけど」
「じゃあ、もう一回分かりやすく説明するわね」
「空間の始まりとして、ペンで点を打つとする、これが一次元」
「そこから線を引いた平面が二次元だろ?その平面を立体にしたのが三次元、ここまでは理解できる」
「理解がいいじゃない。その次にどんな概念を掛け合わせたのが次の次元かってのが昔から議論されてきた。その代表説が時の概念が四番目に当てはまる四次元説。実際、特定の座標に物を移動する魔術の研究中に消失した物が何百年も後に見つかったり、のちの時代に作られたものが紛失、追及の結果、過去に『その時代にあるべきでなかったもの』として発掘されていたりね。多分これは正解だと思うわ」
「つまり、王国は未来か過去に飛んでいるって可能性が?」
「あるかもね。ても、私が今考えているのは別の理屈よ」
「へえ?」
「三次元の次に来る次元は時間でない可能性もある。時間は平等にどの次元にもあるものだからね。つまり時間軸はさらに先の次元であって、四次元目はねじれ、歪み、歪み、なんてのが有力ね」
セルテは呪術の黒い靄を右手の上で構成し、形を作り、二重の立方体が直線を崩さないまま捻れて形を変える立体図形を見せる。
「つまり、そこらへんの理屈の組み合わせで、すぐそばにあるのに俺たちが近くできない領域ってことか?」
「そう、三次元の壁の向こう側にあるんじゃないかってね」
ダメだ、俺には難しくてついていけない。
早々に理解を諦めたステラに至っては果実を剥いてコロネに与えていた。
「まあつまり、俺たちに与えたミッション『王国の都の入り口を見つける』ってのは、そういう次元の壁を超える出入り口を見つかるということなんだよな?」
「イグジ正解」
「理屈はわかってもやり方と場所が分からなきゃなぁ」
「あの、私思うんですけど、つまり、理屈を飛び越えたことを起こすのがポイントなんですよね?」
コロネを構い倒したステラが口を挟む。
「んー…まあ、簡単にまとめるとね」
「それって、セルテさんの反転魔術とかにならないんですか?」
「反転魔術も理屈に裏打ちされていてね………あ」
セルテは何か閃いた様子だ。
「反転…、正と負!、表と裏!それよ!」
何が何だかわからないが、セルテは何か糸口を掴んだみたいだな。これで次に進めるといいのだが。