生還の洞窟
洞窟に入る。
反射する水はとても美しい、乳白色の入った明るい青。一見して、仄暗い伝説に繋がるような場所には到底思えない。
『死者に魅入られ、直前で戻ってくる人々が最後の砦にするのがこの場所だ。ここを超えちまったらもう、戻ってこれやしない。
アンタらの大切な仲間は死者に魅入られちまって、死者の道を通って“向こう”にいっちまってるんだろ?
なら、アンタらがこの場所から呼びかけて引き戻すしかねぇ。奥に入っちゃいけねぇぞ、アンタらも戻れなくなっちまうからな』
ランバは詳しく、死者の海の伝説への対応方法を教えてくれた。
「いい出会いだったわね」
「ステラに残された時間はおそらく今日一日がそこらだろう。本当に幸運だった」
「バーカ、感謝するのはアンタら全員が無事で、かつステラ嬢を完璧に救出できた時だろうが」
「それは確かにそうね」
ふと、目の前の水中に、とても美しく泳ぐ何かが現れた。
「…くっそ、マーブルかよ!」
「チッ!」
いの一番にコロネが飛び出して、三人が武器を構えた瞬間、マーブルはゆったりと顔を水面に出した。
「…お…おい!」
「そんなことってあるの?」
ーそのマーブルは…美しい女の顔をしていた。
「お前、俺たちの言葉がわかるのか!?」
返事はない。ただ、じっとこちらを見つめたあと、そっと体の向きを変えて、俺たちの前を扇動するように奥に向かっていった。
「ついてこいって言ってるようだったな」
「そうね…でも、マーブルと意思疎通できるなんて、学会に発表したら驚かれるわよ」
俺たちは改めて、水辺の石を飛び移るように奥へ向かっていく。
不思議と敵が襲ってくる気はしなかった。
洞窟に入り、半刻ほど進むと、いよいよそれっぽい暗闇が狭く深く繋がっていた。
次第に水が多くなってきた。
これ以上は、体を濡らすのは困難、体温も奪われるが、そんな事は言っていられない。
意を決して、俺たちは水に体を漬けた。
「ぐうぅ、冷てぇぇぇ…」
「外は昼間はすごく暑いのに。半刻もつ気がしないわね…」
「行くぞ」
ザブザブと水面をかき分けて進む。
「砂漠の真ん中のこの地で、水で凍えそうになるなんて思いもしなかったぜ」
「そうですか?」
「…?」
俺たちの後ろから、聞きたかった声が、だが決して望んでいなかった形で姿を見せた。
全員が振り返って姿を探す。
見つけた。ステラだ!
…だが、その姿は透き通っていた。
明らかに、体を失ったまま、残り少ない力で出てきた様子だった。
ーもういいです。この先はみんな死んじゃう世界みたいだから、ここで引き返して。
「馬鹿なこと言わないで!」
ステラを抱こうとするセルテのの手が空を切る。
物悲しい表情をするステラ。
ーいいんです。みんなと一年も楽しく旅できた。もう、いいですよ。
「俺たちが良くないんだ。ステラなしでの旅は考えられん」
「場面が違えば告白なんだがなぁ、嬢ちゃんよ」
ーふふ…
悲しそうな顔で少し笑みを浮かべるステラ。
ーああ、もうすぐわたし、飲み込まれそう。考えがまとまらないんです…
「まって…ダメよ?ダメ!絶対駄目!」
セルテの目からは涙が溢れていた。
「あら?みんな来ていたの?」
不思議なことに、今聞いたのと同じ声が、全く別の方から聞こえてきた。