山と霧
ん?もう朝?
差し込む光に目が覚める。
コロネが首元にいるのをそっと避けて、私は体を起こす。
驚くほど、体が休まっていた。
それは上等な宿のベッドで寝た後のような満足感。
軽くなった体で立ち上がると、私はテントの外に出た。
「あ、セルテさんおはようです!」
「おはよ」
…と、ステラが大量の肉を仕込んでいる。
「襲われたの!?」
どこかまだ起きていなかった幸せ気分が吹き飛んでいく。
「いえ、イグジさんが獲ってくれてたので、起きてすぐ解体を始めて、今全部終わったところです」
「これなんの肉?」
「ガッスル」
「はあ!?」
肉食の猛獣。
草原の野獣の中でも多分トップクラスの猛獣よ、そいつ!
至ってのほほんとするステラに何を言っても無駄な気がして、私は起きてきたイグジを問い詰める。
「それが…火を焚いているのにこっちに全然気づいていなかったから、コイツでざっくり…」
本人の説明も要領を得ない。
なんだか、妖精に悪戯されたような変な違和感を感じつつ、私はガッスルと果物の甘味焼きを食べる。
ーあ、美味しい。
ガッスルの硬く臭いのある肉が、果物の甘みと香り、そして何かの力で柔らかくなった食感と合わさり、朝でもたくさん食べられてしまう。
「…うまい」
「肉に甘い果実が合うわけないって思ったのに…さすが私のステラ」
「そこは我らがステラに訂正してくれ」
まあ、とにかく、昨日の残念な食事を朝から取り戻した感じで私たちはまた歩き出す。
テントが簡単にしまえるって快適。
幕が布、骨組みが木製でなくなっただけで、こんなにコンパクトで快適なテントになるとはね。
…ん?これ金属じゃないわね?
「ねえステラ、この骨組み、何でできてるの?」
「ああ、これはサンバスの骨です。軽くて柔軟性があって丈夫なんですって!」
「サンバス…って獲物に合わせて身長を変える四つ足よね?それ、魔術素材よね」
「みたいですねぇ。私の認識阻害が何倍かになっているみたいです。セルテさんやイグジさんがテントから離れてお花摘みに行くと、もう見つからないレベルですよ」
「いや、それは恐ろしいな。先に教えておいてくれ…」
なんとなく、その説明でやっと昨日の夜の説明がついたように思う。
どうやらガッスルに目をつけられたのだろうけど、きっとガッスルには見つけられなかった。そしてこちらが先に見つけて、お陰でこうしてご飯にありついたと。
「恐ろしい魔術具をもらった感じね」
「ありがたいですねぇ」
またなんとも呑気だった。
そこからもう二日。私たちはのんびり楽しく、少しずつ緑が増えてくる様を楽しみつつ旅を続ける。
そして。
「あ!渓谷が見えました!」
目の前にやっと現れた、深い渓谷。
「ここまでは順調に戻ってきたな」
「順調すぎて拍子抜けだけどね」
「対岸、例の火山が見えますね」
「あ、ホントだ」
正面右側に、私たちを苦しめたあの火山が目についた。
「…もう噴火していないのか?」
「煙は噴いていないですね」
足元には、それなりに火山灰が残っている。でも、その上に既に葉が積もり、あの噴火が既に過去になっていることを印象付けた。
「また噴火するかもしれないし、油断はできないわね」
「でも、なんだか懐かしいですね」
私たちは火山を右後方に見ながら、上流に向かってまた進んでいく。
正面には、私たちの初めての撤退となった、例の霧の森が見え始めていた。