放浪の民
圧倒的な独創性。
食事を終え、店を出てからもその衝撃が頭から離れない。
店主があのメニューを開発したのなら天才だとへ思うが、おそらく違う。
「あのメニューは故郷の村では一般的なものなのか?」
自分の装備の買い物をしながらステラに尋ねてみた。
「いえ、あ、今は『はい』になるかもしれませんが…元々は父の放浪の民としての知識です」
「なるほど」
妙に納得した。
「放浪の民は『生涯の番』つまり運命の結婚相手を探して、旅をします」
「旅の目的は相手探しなのか」
「はい。魂が共鳴するのは、一世代で1人しかいないらしいです。種族関係なく」
父に思いを馳せてか、遠くを見ながらステラは話を続ける。
「旅は1人で、終わりの見えない長い時を過ごす事になります。そして、出会った時に相手が適齢である保証もなければ相手が独身である保証もないんです」
「…!」
「分かりますか?つまり、運命が結ばれないこともあるのですが、その場合その次の代まで生き延びるんですよ」
何とも恐ろしく気の長い話だ。では放浪の民とは
「恐ろしく長命であるわけだな」
「そうでもないですよ?見つからない限り、歳を取るのが緩やかに進むそうですが、相手が結婚していて諦めたり、限界まで見つからないと体を捨てて記憶を持って生まれ直すそうです」
ひとつ、とんでもない話が隠れていた。
「…記憶を持ったまま、生まれ直す?」
「そうです。全く異なる土地、異なる種族、異なる血縁から、突然に、放浪の民は生まれるのです」
「逆に、結ばれた場合は?」
「その場合も同じです。放浪の民の子供は血とか家系は特に関係なく、また、世界のどこかで生まれるのだとか。ただし、自我や記憶は本人ではなく、記憶を持った別人に世代交代する、ということみたいです」
道理で、その存在が伝説になるわけだ。
「父は3回目の人生の早い段階で、マ…母と結ばれたそうです。それでも多分、母よりだいぶ長生きしちゃいます。巨人族なので」
「情報がぶっ飛びすぎてどこに驚けばいいのかわからんな」
「全部で250年を超えるそうですよ」
もう驚かんぞ。
そうか、その長い特殊な生涯でたくさんの経験や孤独を埋める知識が身につき、それが一番突然世界のどこかで生まれてくる。その地域に革新的な知識を吹き込みながら。そうして旅をして、世界を発展させるからまた伝説になっていくのか…。
「私は父からいろんな生活の知恵をもらいました。元々村が特殊なので、村の知識なのか父の知識なのかよくわからないところもありますけどね」
クスクス笑う少女。
「ステラ、自然にその話をするが…なるべくならその話は秘匿するべきだ」
そう、彼女の存在は豪族や国々からすると何が何でも入手したいものになるはずだ。
「イグジさんも両親やセルテさんみたいなこと言いますねー」
呑気か。
「戦争が起きるかもしれないし、どこかに死ぬまで監禁されて知恵を求めて拷問されるかもしれない」
「…え?」
ポカンとしながら、やっとその重要度を多少なり自覚したようだ。
その時、胸元から何か熱を感じ、手を入れた。
そこには、セルテから受け取った赤い石の守り。
ーー裏切らないわよね?
そう念を押すように、石の中で黒い斑点が渦巻いていた。
わかっているさ。俺の実力と命の限り。誓いを果たすさ。