月餅戦記タケミツ
花より団子とは言ったもので、俺は目で愛でる月よりも舌で味わう餅菓子を選ぶ。
手の届かない高嶺の花よりも近場の花が気楽で良いのだ。
「ねぇ、何考えているの?」
団子みたいな顔をした幼馴染が俺を覗き込むように真昼の月を遮った。
「愛するお前の事だよ」
「ふーん。いつにも増して気持ち悪いじゃん」
俺の名は高野小国。割と大きめの村の自警団の親指をやっている。
生まれてこのかた18年、手先の器用さと魔力の強さでこの村を守ってきた。
手先の器用さでどうやって村を守るかって?
そりゃ、コレもんのコレよ。
ゴーレム。
人の3倍程の大きさの魔導人形。
俺はそれを操って戦闘する事が出来るこの村唯一の傀儡師なのだ。
まぁ正確に言うと無資格のモグリなんで傀儡師を名乗ると怒られるのだが、じゃあ何でゴーレムの操縦してんだって言われると困るので勝手にそう名乗っている。
ともかく俺は天才って事だ。傀儡の補修改造から操縦までお茶の子さいさい。ぶっちゃけ才能を持て余してすらある。
だが、村を出たら才能のある奴なんて5万といる。そこでしのぎを削るよりも村で大成した方が賢いってもんよ。
「ねぇ、小国は村を出ないの?」
餅みたいな顔の幼馴染が小石を蹴りながらそう聞いてきた。ぶっちゃけ何度も同じ話を聞いていて答えるのもしんどいが、まぁ様式美の様な心地良さからその都度おんなじ答えを出す。
「デナイヨ」
「才能があるのに勿体ないな〜。でも、村の誰かと結婚してこの村で生活していくのも悪くないかもね〜」
この答えも何回聞いたか分からない。
俺と結婚したいならハッキリと言えよ!
でもハッキリ言われたらそれはそれで困るか。
まぁ、好かれる事に嫌悪感はないのでボーッとして話を流す。
「……何か面白い事はないかなぁ」
思わず口から零れ落ちた。
その時。
「おい! 小国! 竹林の方で誰かが複数のゴーレムに襲われてるぞ!」
村の方から村人が走ってきた。
「ゴーレム? こんな田舎の村にか?」
「分からん。だが3メートル位の鉄の塊が女連れの騎士を襲ってる! 見た感じ長くは持たない!」
「これは……“面白い事”かも知れんな」
「悠長な事言ってないで早く助けに行って来いよ! ゴーレム共が村に来たら一大事だぞ!」
「ああ、じゃあ俺もタケミツを出すか」
タケミツとは、俺が竹で作った特製のゴーレムだ。木製よりも軽く、鉄製のゴーレムとは比べ物にならない程の素早い動きで大地を駆る事が出来る。
バーン!
自警団の倉庫のドアを開けると、一本角の顔に左右のモミアゲから伸びる面頬の様な保護具を付けた魔導人形“タケミツ”が正座していた。その膝に手をかけて胴体にあるコクピットに乗り込む。
そして左右にある骨製の操縦桿を握り込むと、操縦席の内部に橄欖石の灯りが灯った。
その灯りは左右へと広がっていき、全周囲ディスプレイとなって倉庫の様子を映し出す。
「全周囲魔導ディスプレイ起動良好! 続いて動力起動!」
「Now Loading……29%」
「□□□■■■■■■」
「燃料魔力……8割。動力起動……問題なし。副動力……2つとも問題なし。試運転……良好。タケミツ……出るぞ!」
タケミツの両足の太ももに人工筋肉がしなり、緩やかに立ち上がった。
そして、犬がうんこに砂を掛けるような動きで準備運動をする。
グゥオン! グゥオン!
脚が弓弦の様に唸る。
間に合うか……間に合うよな。
そのまま走って竹林を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇
「追い詰めやしたぜ……姫様よ。さっさと投降して捕まってくれりゃあそのジジイを生かしてやってもいいぜ?」
鋼鉄の兵士風ゴーレムに乗った男が眼下の女と瀕死の老騎士に向かって取引を持ち掛ける。
「爺、死ぬまで戦いなさい。私は1秒でも長く生き延びて1%でも逃げ延びる可能性が高い方へ走ります」
姫様と呼ばれた姫様風の女はゴーレムに乗った男に向かってそう言い放った。
「へっ、流石は王女様だぜ……投降せず捕まったらコレもんのコレでナニされるか分かったもんじゃないってのによォ……」
ゴーレムに乗った男は“コレもんのコレ”……と自らの腰の槍を誇張する。
操縦席は外から見えないのだが、同期して動くゴーレムの指が作る輪っかの動きはとても卑猥な様子をしており、カリ高極太な事を表していた。
「……俺達は3人居るんだぜ……」
側に控えるゴーレムも似たような動きで槍働きアピールするが、こちらは“くの字に右に折れ曲がるダンディー”と“極太短槍マッシュルーム”の様な槍だった。
「くっ……」
姫を守る老騎士の額のシワが万事休すとでも言わんばかりの諦観を滲み出す。
「させるかーーーーッ!」
“投眼投耳”と言う魔術を使ってその様子を観察しつつ全速力で走っていた小国のゴーレムが全力で跳躍し、竹林を突っ切って鋼鉄のゴーレムへ飛び蹴りをかました。
“投眼投耳”とは、千里眼と地獄耳を併せたような魔術で、視覚と聴覚を強化して数百メートル先にぶっ飛ばす事が出来る。つまり、今の姫と賊のやり取りを見ていたって事さ。
バイーン!
飛び蹴りが敵に命中した!
「うぐぅぁーーー! 流石に鉄は重いな!」
しかし、弾き飛ばされたのは俺のゴーレムだった。
「なんだコイツ……竹の鎧……いや、竹のゴーレムに乗ってやがるぜ! バンブーゴーレムってか!」
「こっちはアイアンゴーレム3騎だぜ? 勝ち目はあるのかよ! ゲハハハハ!」
鋼鉄のゴーレムの中にいる男達がゲヘゲヘと笑いだした。
「あるさ……目の前にな」
俺は軸足を軽く踏み込み、先頭のアイアンゴーレムの頭に向かって前蹴りを放つ。宙に浮いた状態で放つ飛び蹴りよりも、大地の力を借りて踏ん張る前蹴りのほうが……強い。
ガッ!
人間相手ならば首が飛ぶ程の衝撃。だが、相手は鋼鉄の脊髄を持つアイアンゴーレム。そう簡単にダメージは通らない。
「ヒャッハー! 動きは速ェが威力はイマイチみてぇだなー!」
アイアンゴーレムの鈍重な手が俺の足を掴もうとする。
「ヒャッハー。耐久力は高そうだが速度はイマイチみてぇだな」
俺も負けじと言い返す。こういう言い合いみたいなのは気持ちが負けたらダメだ。
狙いは相手が迂闊に動かした手。軸足を入れ替えて、後ろ回し蹴りを放つ。
バキ!
伸ばした手の先端、手の甲への一撃。手の進行方向への蹴りは鉄と竹という素材の差を超えてダメージを通す。敵の腕の接続部……肩の補助具がパンとかわいた音を立てて弾け飛んだ。
「何ッ!」
「速いってのはそれだけでパワーなンだよ!」
“たかが竹”に“鋼鉄の腕”の補助具を吹き飛ばされたのがよほどショックなのか、敵の腕は動きが鈍っている。
「まだまだ腕が遊んでるぜ! オラァ!」
畳み掛けるように負傷した腕を蹴り上げると、肩の補助具が弾け飛んだ腕は金属音を上げて折れ飛んだ。
ゴーレムは硬くて重い金属の塊を物凄い力で動かしている為、その“関節”には負担が掛かり弱点となる。故に補助具を付けているのだ。
その保護具が壊れている関節は弱い。
「このままだと両手両足飛ばされちまうぜ! オラオラァ!」
と言いつつ頭を狙って上段蹴りを放つ。
足裏からベゴンと粘着質な音がして、敵の頭部補助具……の弱い部分が凹んでいる。
「引けっ! 態勢を整えろッ! オレティラ! マッシュルーム! 猛烈気流攻撃だ!」
「「応!」」
“オレティラ”と呼ばれた右曲がりの男と“マッシュルーム”と呼ばれた極太短茎の男が縦に並び、先頭のアイアンゴーレムを踏みつけて襲い掛かってきた。
俺は2歩下がってそれを避けるも、直後に飛んできた3体目に不意を突かれて顔面に一撃を貰ってしまった。
「くっ……!」
バキと音がして面頬型の竹の保護具が飛び散った。
そして……その中を覗き込まれる。
「こ、これは……お前一体……!」
「五月蝿ェ! テメー良くも俺の弟に……死ねぇ!」
恐らく連中には見えてしまっているのだろう。
普段は面頬型の保護具に護り隠された俺の弟の……頭蓋骨が。
「ウォオオオオオオ!」
俺は弟の骨を使って作った操縦桿を握り締め、全魔力を使ってタケミツビームを放つ。
タケミツビームとは、普段はタケミツの顔面保護具に隠れている弟の頭蓋骨。その口から放たれる破壊光線だ。
ビービビビビー!
「そんな……うわぁあーー!」
光が通り過ぎた後には、黒く煤けた3体のゴーレムが擱座していた。
俺を雑魚だと侮り、白兵戦しか想定せず魔法防御を切っていた敵のアイアンゴーレム達は、タケミツビームをモロに食らい、活動を停止したのだろう。
恐らく装甲の隙間から侵入して乱反射する破壊光線に操縦者を焼かれて……死んだのだ。
……戦いは終わった。
俺はハッチを開けて、タケミツの肩に登る。
日は沈みかけてはいたがまだ明るい。
弾けた保護具の中には俺の弟……武満の頭蓋骨が白く浮かび上がっている。
俺はバサリと着ている服を脱ぎ、タケミツの顔に巻き付けた。
全裸になるが仕方ない。
タケミツの中に弟の遺骸を仕込んでいるのは……俺しか知らない事だ。
それは誰にも知られる訳にはいかない。
そして、何より弟の素顔を他人に晒したくないのだ。
ふと下を見ると、死にかけの老騎士と姫と呼ばれた女がこちらを見ていた。
「これは……弟さんなのでしょうか?」
恐る恐る姫と呼ばれた女がそう言う。
はぁ、やっぱり見られていたか。
「ああ、俺の本業は死霊術師。本来の傀儡師じゃねぇんだが、タケミツの中にバラバラにしてぶち込んだ傀儡師をやってた弟……“武満”を操って操縦してんだ」
「……だから、お速いのですね」
「そうだ。元々竹製の軽いゴーレムを俺と弟、2人の天才の力で操ってるからな。速いし、強い。魔力さえ充分にあれば鉄製のゴーレムだってチョチョイのチョイよ」
「トドメはビームでしたけどね」
「あれは……死霊重魂烈火光雷砲と言う俺の魔法だ。1か月かけて貯めた魔力が1発でゼロになるがな……」
「よほど大切にされているんですね……タケミツさんを」
「……弟だからな。さて」
俺は話を区切って下に降りた。
「タケミツの中身は他言無用だ。……俺がこの村にいられなくなるからな」
俺は精一杯の眼力を込めて脅す。
「ええ、勿論ですとも」
姫と呼ばれた女は怯む気配も見せずに笑顔で返す。
そういや、すげー胆力だったこの女。
先程“投耳投眼”の魔法で見た映像。姫がアイアンゴーレム達に啖呵を切っていたのを思い出す。
「……さて、私の方から提案があるのですが」
今度は女の方から話を区切られた。
意趣返しか。
「貴方、私の護衛となって隣国の清まで送ってくださいませんか?」
姫の顔は真剣だ。
死にかけているジジイも息を整えてこちらを伺っている。
「どうやらこの村にいられなくなった様ですし、来ていただけるならば相応の報酬はお支払い致します。だから……!」
「相応の報酬はまぁ貰うけど……って“この村にいられなくなった”?」
姫の指さした方向、そして目線を追うと……そこにはギョロリとした目と耳があった。
これはもしかして“投耳投眼”! 誰かに聞かれていた!?
「ねぇ小国……そのゴーレムに入ってるのは武満君なの……?」
さっきまで一緒にいた幼馴染がこちらに向かって歩いてきた。
聞かれていたか……!
「私はそんなに重い女じゃないから……秘密にしてあげてもいいよ。私と……結婚してくれるなら」
いや重いよ。
がっつりがっつりヘビーだよ。
「だから、その女と村の外に行くのはやめて」
え、何これ? 修羅場?
「すいません、もし宜しければ貴女の“旦那さん”をお借りしたいのですけども……宜しいですか?」
姫も乗っかってきた。
いや、助けてよ。
「夫は私とこの村で末永く幸せに暮らしますので、それは出来ません」
いや、夫? 結婚しないけど……!
「姫、ここは色香で落としましょう。おっぱいくらい揉ませてやればきっとついてきてくれるに違いありません」
老騎士は血を吐いて震える身体を起こしてそう言った。
いや、乱入やめて。これ以上ややこしくしないで。
「そうね……じいや。ええと、小国さん? 私の胸にはおっぱいが2つ付いています。その娘にはない……豊かな、柔らかな、そして張りのあるものです。それを……1日1回だけ、触れる事を許しましょう。どうですか?」
「どうですかってなんだよ……」
俺は肩を震わせてそう言った。
「そうよ、私の胸は……洗濯するのに便利だし、希少価値があるのよ。熟れて今にも落ちそうなそれよりも、将来性しかない私を選ぶに決まってるわ。ね、小国……」
なんかもうヤケクソになっているのか、そう言う幼馴染は目がイっちゃってる。
「それは自虐ですかな? お嬢ちゃん」
「「うっせーですわ! ジジイ!」」
突如参戦した老騎士の余計な一言に姫様と幼馴染が同時に声を出した。
「どっちにするの小国?」
「私は1日2回でも構いませんよ」
ガッツリと言い寄られる。
そりゃあまぁ……答えは出てるけど。
ここで言うのも何だかなぁ。
刺されそうだし。
しかし、ここは言わない訳にもいかないだろう。
溜め息をついて、口を開いた。
「あー、何だ。俺には21本の怒れるティンポが生えている」
「……なんですかこれ」
姫様は幼馴染を見てそう言った。
「病気みたいなものだけど、なんと言うか様式美? みたいなものだから聞いてあげて」
「……はい」
「そのうちの一本はおっぱい好きのティンポ。そのうち一本は尻好きのティンポ。そのうち一本は美少女好きのティンポ」
俺は握りしめた右手の指をググッググッと一本一本力強く開いていく。
「……そして、いい匂いのする女好きのティンポ、唇のセクシーな女好きのティンポ……だ。君は5本のティンポを勃てた。故に……引き受けよう。君の未来の為に」
右手の5指を天に向けての仁王立ち。
決まった。
「で、結局どっちを選ばれるのですかな?」
老騎士のツッコミだ。
「「私でしょ」」
幼馴染と姫の発言がまたまた被った。実はコイツら仲良しなんじゃねぇか?
「すいません。小国君はちょっと賢いんですけど変な奴なんです」
「そ、そう? で、どっちを選んでくれたの?」
いつでもそこにある団子と高嶺の花がどちらも手元に有るならば、俺は高嶺の花を選ぶ。
「姫様、行きましょうとも。喜んで」
「この人でなしーーーーッ!」
竹林に響き渡る幼馴染の声。
「ええ、それではよろしくおねがいします。小国さん」
「で、姫のお名前は?」
「なよ竹の迦具夜と申します。一応月の姫やってますわ」
「アタシだって村の姫やってるわよ!」
……! ……! …………!!
結局出発まで揉めて、何故か3人で旅立つ事になったが、それはまた別なお話。ちゃんちゃん!