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ロマノウ商会来訪

やり手の商社の鑑のようなロマノウ商会の会頭と支店長がいらっしゃいました。

 巡回使様が来て、しばらくして今度は意外なお客さんが来た。


 そもそも、この村にやって来るのはギレイ様関係のオーガから来る輸送隊か官僚の人がほとんどで、必ず輸送隊と一緒にやって来る。それなのに、その客さんは、むしろお客様と言っていいくらいの人たちは輸送隊と関係ない馬車で来た。


 それは、ロマノウ商会のセルジュ会頭とオーガ支店長のジョアンさんだった。

「こんにちは、タチバナ様。前より1度タチバナ村に伺おうと思っており、たまたまオーガの町に来ましたので、思い切って伺いました」

 いやぁ、たまたまじゃないですよね、こんな村に来ようと思わないと来れないですから。

「セルジュ様ですね。遠いところ、わざわざありがとうございます。ジョアンさんもようこそいらっしゃいました」

「タチバナ様、私に対し、様付けは必要ありません。呼び捨てで構いませんから」

「あ、でも、前の世界の慣習で何か付けないと人の名前を呼べないのですよ」

「それでしたら、さん、とお付けください」

 セルジュ会頭はオレよりずっと年上の40代だと思うけど、腰が低い。


「分かりました。それで、今日はなぜ、こんなところにいらっしゃったのでしょう?」

「はい、タチバナ村がどのくらい進んでいるか、1度この目で見てみたいと思ったのですよ。私どもの今後の商売に、この村は大きく関わってくると思っておりますので」

「そうですか?でも、まだ、何もないですよ」

「いや、そんなことはないのですが、できれば村の中を見せていただけないでしょうか?」

 と言われたので先導して歩き始める。


「ええ、大丈夫ですよ。じゃあ、案内しましょうか。すみません、お茶も出さずに、と言ってこの村はまだ、お茶を作ってなくて」

「ほう、茶も生産されるつもりですか?」

「はい、この世界では紅茶が流通していますが、前の世界で私はほうじ茶や緑茶というものに馴染んでおりまして、それを飲みたいと思っているんで。茶木を育てるところから始まるんですけど、考えているんですよ」

「ほう、それは面白いですね。実現しましたら、是非1度味わわせてくださいませ」

「分かりました。できましたら、ジョアンさんの方に届けましょう。前に仕立てて頂いた礼服の代金と言っては少ないですが、お送りします。それで、こっちが胡椒の木の畑です」

 目の前の畑を見て、会頭は少し驚いたようだ。きっと思っていたのと違ったようだ。


「おぉ、これが全部胡椒の木ですか?」

「そうですね、クローブの木はあっちの方の畑になります。クローブはまだまだです」

「胡椒の木は何本くらいありますか?あ、もちろん秘密にしておかないといけないものなら、おっしゃらなくても良いのですが」

「いや、秘密にするようには言われていないので、大丈夫だと思います。むしろ協力者が欲しいので、知って頂いた方が良いように思うし」

「協力者が必要ですか?胡椒の事業に?」

 不思議そうに聞かれる。

「はい、例えば今は胡椒の実は日干しにしていますが、雨の日は外に干せないので、小屋の中に干せる場所が欲しいですし、出荷する容器も粗末な物を使っているのですが、理想を言えば、透明な容器で中に湿気が入らないような密封できるものが欲しいのですが、今の経済状態では何もできないのですよ。透明でなくても、中に湿気の入らないような容器が欲しいのです」

 なるほど、と小さい声で言われて、

「そうですか。容器は私どもの方でご用意できますが。それで、この村では、胡椒の木がどのくらいあるのでしょうか?」

「そうですね、現在のところ、成木が120本ほど、幼木が200本ほどあります」

「なんと成木が120本ですか?成木とは実のなる木のことでしょう?」

 会頭は目を剝いている。よほど驚いたのだろう。


「そうですね。これを1年後には倍にしたいと思っています。成木から挿し木したものが、あっという間に幼木になるんですよ、この辺りの土はちょっと異常ですね、私から見ると。想像を超える成長速度です」

「そうですか。驚きました、本当に驚きました。ここに来られて1年も経ってないのに、ここまで成長しているとは、やはり見に来ないと分からないものです。

 肝心なことを伺いたいのですが、どこか他の商会がこの村に来ておりますか?」

「いいえ、ロマノウ商会さんが最初です」

「おお!本当ですか。それは良かった。よろしければ是非、容器のことと言い、他にも何かお手伝いできることがあれば、やらせて頂きたいと思います」

 本当に嬉しそうにオレの手を握ってこられた。


「それは、私の一存で決められないのですが、前向きに考えます。それで、これがクローブの木です」

「これがクローブの木ですか......初めて見ました。胡椒の木も初めてですし、驚かされることばかりですね」

「これはまだ、20本くらいですね、見た通り。結構、この世界では香辛料の木が結構あるんですけど、みんな知らないだけですね。前から聞いてみたいと思っていたのですが、ロマノウ商会は胡椒を輸入されているのですよね。それなら木や実は見られたことがなかったのですか?」

「はい、それがないのです。我々が輸入しているのは粉の状態のものしかなく、木や実がどのようなものか、知りませんでした。ここで初めて見ました」

「そうですか、知らなかったんですか?」

「はい、胡椒など香辛料はすべて海の彼方から輸入しております。みんな粉になって送られてくるので、元がどんなものか知らなかったのです。それに、運んでくる業者にしてみると、香辛料の作り方が伝わると大損ですから、それは秘匿されていました。ですから、マモル様がルーシ王国で胡椒の木を見つけたと聞いたときは、それはもう驚きましたよ」

「なるほど、そうですか。と言うより、あれはルーシ王国で秘密にされていたと思いますが、よく知りましたね?」

「まぁ、私どもは商売柄、色々なところに耳を持っておりますので」

 会頭はふっふっふっと笑った。


「耳ねぇ、リューブ様は秘密にしたつもりだったと思いますが、ちっとも秘密になってなかったんですね。私がずっとポリシェン様の家から一歩も出してもらえなかったのも意味がなかったのか」

「まぁ、そう言われればそうですな」

「それはともかく、香辛料についてはオダ様に納めることが前提だと思いますが、もし余剰生産分があれば私どもに分けて頂きたいと思います」


「それはそうと、セルジュさんは唐辛子をご存じですか?」

「はい、あの赤くて辛いものでしょう?あれがここにあるのですか?」

「まだ、始めただけなんですけど、需要はありますか?」

「あります。売っていただければ、どれだけでも売りますぞ!!」

「それは頼もしいですね。これは180日ほどすれば、出荷できますかね?まず、試しに反応を見て、良ければ増やしていこうと思っているんですよ」

「いや、ロマノウ商会で全部買い取ります、買い取らせて頂きますから売ってください」

「あはは。いえいえ、まず品質第一で満足できないものを出すつもりはないですから。唐辛子の他に山椒とか、麻のみとか、ゴマとか芥子の実があればいいんですけどねぇ」

「ほう、それがあれば何になると?」

「ふふふ、七味唐辛子というものになるんですよ。うどんや蕎麦に掛けると美味しいんです」

「うどん?蕎麦?」

「あ~そういう食べ物があるんです。うどんの麺は小麦から作れるんで、ここでも作れますが、醤油がないですものね」

「ショウユというものは聞いたことがないですね」

「そうですか(残念)、味付けに使う黒い水のようなものなんです。塩っぽくて、ちょっと違う味わいなんですけど。味噌はないですか?スープの素なんですが」

「分かりません、残念ながら知りません。しかし、興味がありますねぇ」

「もし良ければ捜してください。おっと、思い出しました。織田様から、言付かっているのですが、私と織田様の前にいた世界で米というものがあるんです。この国にはないようなんですが、ザーイに捜しに行くように言われているんですよ。この村の経営が安定したら、行かせてもらうつもりなんですが」

「コメ、ですか。ちょっと分かりませんね。もしザーイにいらっしゃるときは是非、当商会にお世話させてくださいませ。

 それにしても、ルーシ王国は、タチバナ様という金の卵をどうして手放したのでしょうなぁ?私はタチバナ様がこの世界に来られたと聞いたときから、注目していたのですよ。リューブ様に招かれたときは、このままルーシ王国で出世されると思っていたのですが。

 ただ、あの国は貴族と平民の差が大きくて、平民から貴族になるということは滅多になく、なったとしても貴族からの差別がひどくて、苦労されると思っておりました。

 けれど、この国ではオダ様のように、『降り人』から貴族になられる方もいらっしゃいますから、タチバナ様はこの国の方が、良いと思います」

「お、それで聞きたいのですが、私が最初にいた村は、今はどうなりましたか?」

「あの村ですか?あそこは正直申し上げて、良く分かりません。

 タチバナ様もご存じのポリシェン様とブロヒン様が胡椒生産の担当になられ、兵と専門家を率いて村に入られたそうです」

「兵と専門家ですか?元々いた人たちはどうしましたか?」

「元から村にいた者ですか?それは分かりません」

「分かりません、とは?」

「何も伝わっていません。貴族の方たちの動向は伝わりますが、平民のことは伝わらないことがほとんどです。ましてや、あの村は罪人の集まりですので、貴族の方たちから見て生きようが死のうが興味ないのです。追い払われたとも、殺されたとも噂がありますが、詳しいことは分かりません」

 付いて来たバゥが絞るようにうめいた。

「追い払われた、殺された」

「はい、この国に来られた方たちは賢明でした。あの村に残っていて何も良いことはなかったでしょう」

「そうですか」

「それに、胡椒の生産事業が上手く行っていないのですよ」

「そうですか?なぜでしょう?」

「これは私にも分からなくて、噂なのですが、胡椒の木が上手く育たなかったということらしいです」

「育たなかった、のですか?」

「どうも、そのようですよ」

「そうですか。あれは誰でも育てられそうですが」

 とオレが言ったら

「「「「そんなことはありません!!」」」」

なぜか、4人がハモりました。

「え、そうですか?簡単でしょう?」

 と言ったら、ナゼか反論が相次ぐ。

「マモル様には、私らはずっと、あの村から従っておりますが、マモル様のされることは初めて見ることばかりで、知らないことばかりでしたぞ」

「そうです。胡椒の木を切って、植木をされましたので、私もマネをしてみましたが、枯れてしまいました」

 とバウとミコラが口をとんがらせて言いやがる。

「そうでしょう。ポリシェン様もブロヒン様も同じようにやられたと思いますが、上手く行かなかったのでしょう」

「そうなんですかね」

「ご本人が知らずに行っていることに、他人には分からない知識が入っていることが多いのでございますよ」

みんなでオレを責めないでくださいよ。

「そう言われれば、そういうことは良くありますね」

「そうでございます」

「ところで、セルジュさんとジョアンさんは、今日はどうされますか?今から帰られるとオーガの町に着くのは夜になりそうですが?」

「そのことですが、お邪魔は致しませんので、どこかテントを張る一角を貸していただけないでしょうか?そこで一晩過ごしますので」

「あぁ、大丈夫ですよ。なら、ネストルに準備させますから。なら、バゥ、狩りに行かないといけないな」

 と言うと、またバゥが余計なことを言う。

「そうですな、何が獲れますかな?ロマノウ商会みなさんは何が食べたいですか?牛ですか、鹿ですか?」

「え、今から狩りに行かれるのに、獲物は決まっているのですか?」

「まあ、希望を言えば獲れることもある、ということです」

 そこで初めてジョアンさんが口を開きました。

「ほう、噂に聞いていましたが、タチバナ様はお一人で熊でも牛でも狼でも、何頭いても1人で倒されるとか?」

「それは大げさですよ」

 と言うと突っ込みが入ります。

「「大げさではありません」」

 バゥ、ミコラ、ハモらなくても良いですから。それにまた余計なことを言う。

「お二人も狩りに同行されますか?」

「えぇ!私どもは何もできませんよ?むしろ、足手まといになりますよ?」

「大丈夫です、お二人はあっしとミコラがお守りしますから。狩りはマモル様が担当されますし」

 はぁ、何を言うんだよ。

 

 仕方なく,オレ、バゥ、ミコラ、とロマノウ商会のお二人と一緒に森の中に狩りに行き、オレが見事に大鹿を仕留めましたとさ、あ~ぁ。狩りのツアーが組めるわ。


 夕ごはんの時は、当然鹿肉ステーキだったのだが、ロマノウ商会のお二人には特製胡椒を試してもらった。

 そっと2人の肉にかけ、味見をしてもらう。

「どうでしょう?黒胡椒とも白胡椒とも微妙に味が違いませんか?」

「ふむ、言われてみれば確かにそうですね。両方の良い所を兼ね備えて、さらに味に深みが増したような?」

「会頭、私は胡椒という物を味わう機会が少ないのですが、今回のものは格別のような気がするのですが?」

 おぉ、分かる人には分かるようですね。3人で頭を付き合わせて、ひそひそと話し合う。

「タチバナ様、これはただの胡椒ではありませんね?」

「さすが、セルジュ会頭です!これは、私が前の世界で口にしていた胡椒を再現したものです。ちょっと手間がかかるのですが、これを作って行こうと思っています。内緒なのですが、織田様にお納めするのは黒胡椒と白胡椒で、これは別に売ろうと思っております。

 なに、織田様には納入の目標が決まっておりまして、それを越える量は自分で差配して売って良いと言われているのです。ただ、織田様と同じ物を売ると言うことは、極力避けたいので、白胡椒黒胡椒よりも高級品というところに売って行きたいと思います。

 それで、できればロマノウ商会に専売したいと思いますが、いかがでしょう?」

「ほう、なんと面白いことを言われる!これだけでも来た甲斐があったと言う物です。是非、私どもが扱わせていただき、密かに販売しましょう。信頼できる売り先にくち伝えでのみ、販売する。店頭では絶対に売らないということにすれば、面白い商売ができます。なに、どこで作っているか、どこから仕入れているか、絶対に秘密にした方が価値が出ます!!」

 できる商人は違うなぁ、ちょっと話をしただけで、乗ってくるし戦略が見えてくる。

「マモル様、現在のところ、織田様には胡椒をどれだけと換算して納めておられるのですか?いえいえ、もちろんおっしゃらなくても良いですから、首の振り方だけで結構です。私どもは独り言を言っているだけですから。

 胡椒の重さと銀貨の釣り合いでしょうか?ふむ、そうですか?では、金貨1枚と胡椒の重さが同じ?ということはありませんな。ではその半分?ほう、それよりも安い?それは現在の我々の胡椒の売値なのですが、まだ安いと言われる?ふむ、それなら、その半分、銀貨5枚ですぞ、違う?まだ、安い?そんなバカな、もしや銀貨2枚ですか!なんと銀貨2枚相当ですか!う~~~ん、安いですなぁ、オダ様は丸儲けです、これで1年も経てばタチバナ様は男爵になられても安いくらいですな!!」

 ようやく無言状態が終わったので

「いや、今はまだ、織田様から支援を頂いている状態なので、借金を返しているようなものですから。それにヒューイ様の領地でももうすぐ胡椒が生産されますから、値段は下がるでしょう」

「そうですか!ヒューイ様の所でも生産されるということですか。それなら、マモル様から聞いたということでヒューイ様の所に伺ってもよろしいでしょうか?是非、そうさせてくださいませ。

それで先ほどの特別な胡椒はどれほどの価格をご希望でしょうか?」

「そうですね、私の村の出荷価格は銀貨10枚くらいで良いですよ。途中の経費や輸送費、在庫など考えると売値は金貨1枚くらいが妥当と思いますが、いかがでしょうか?」

「うーーーーーん、売値は時価ということで、私どもは銀貨10枚で買わせて頂きます。是非、1日も早く増産をお願い致します」

 2人揃って頭を下げられる。

「まあ、分かりました。これは月1回ほど出荷したいのですが、どうやって運びましょうか?」

「月1回、32日で1回ですか?どれくらいの量でしょうか?」

「え、すみません。1ヶ月って32日ですか?知りませんでした」

「なんと、お知りになられませんでしたか?もしかして1年がどれだけかも、ご存じない?」

「ええ、恥ずかしながら知りません。今まで、ずっと必要なかったので、人任せにしてきましたし」

「なるほど、やっとタチバナ様にお教えすることができますな、あはは。1週間が8日、1ヶ月が8の半分の4週間で32日です。8ヶ月で256日、さらに8の半分の4ヶ月の128日を足して384日を1年としておりますよ。ただ、季節とずれてくることがありますので、都度王都の大教会が修正を告示しますので、暦と言ってもあまり役に立ちませんがね」

「分かりました。でもよく分からないので、部下に任せます」

「そうですね、細かなことはネストル様ですか?明日、あの方と打ち会わせさせて頂きます」

「そうしてください。私はまだ、この世界の仕組みに慣れていないことが今、わかりました」

 ということでお開きになりました。


 最後にセルジュ会頭はオレの手をガッチリ握り、

「この村の足りないものは、すべてわが商会で提供させて頂きます。もちろん、お金はいりません!間違いなくこの村は発展致しますから、その成功の一助となりたいと思っております。よろしくお願いいたします。タチバナ様!」

 力いっぱいおっしゃる。オレとしては返すものもないけど、

「それではロマノウ商会の方もこの村の一員ということで、私のことは名前でお呼びください。以後はマモルと呼んでいただきたいと思います」

「ありがとうございます!!」


 ロマノウ商会が来たことは、以後の村の発展を大きく助けることになった。



読んでいただきありがとうございます。


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