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サラさんの独り言(2)

 タチバナ村へ行くというのは、生まれてから1度もハルキフから離れたことのない私と息子にとっては、大旅行でした。


 タチバナ村について、何も知らない私たちに夫が教えてくれました。

 タチバナ村というのは、ハルキフの戦いで100人以上の捕虜を得るきっかけとなったタチバナ・マモルという『降り人』が、ルーシ王国から連れて来た30人くらいの人たちと開拓し始めた村だそうです。まったく何もない草原のど真ん中にオダ様の援助をもらったとは言え、村を作ったというのはどういうことでしょうか?夫はハルキフの戦いのタチバナ様の戦功をどこからか聞いていたらしく、あれこれと教えてくれます。

 とにかく、ものすごい強い人で当たる所敵なし、といった状態で敵兵を斬り、降伏させたとか?話を聞くととても怖そうな人です。


 タチバナ村に着くと、さっそくタチバナ様が出迎えてくれました。話に聞いていた怖そうな人ではなく、背が高く、のっぺりした顔つきで、黒髪黒目の人です。どことなく、ボーっとしたつかみ所のなさそうな印象で、とても何十人もの敵兵を斬った人とは思えません。しかし、やさしそうな方で安心しました。ご自分のことを

「これからはマモルと呼んでください。この村の者はみんなそう言っていますから」

 と言われました。


 とにかく、この村で住んで行かねば。この幸運をキーエフ様に感謝致します。


 村では子どもたちを集めて、文字と計算とこの国の歴史を教えています。おかしいのはマモル様が歴史を子どもたちと一緒に学んでおられます。聞けば、マモル様がこの世界にこられてから、1年経っていないそうで、それならば歴史はもちろん、常識について疎いのも頷けます。


 1つ不思議なのは、マモル様は騎士爵でありながら、ノンという平民の女と一緒に暮らしており、さらにノンにはミンという連れ子がいるのにもかかわらず、ミンを我が子のようにかわいがっていることです。貴族という自覚がまったくなく、馬に乗ろうともせず、乗ることもできず、私らと同じものを食べ、同じ住処に住み、暮らしておられます。

 やがて、マモル様が出世され(夫の言うには、マモル様は必ず近いうちに男爵になられ、子爵になられるのも夢ではないと)、その時どこぞの貴族様からお嬢様を娶られるのでしょうか?

 

 この村の人は当たり前のように見ていますが、ノンとミンは魔力持ちでいくつか呪文が使えます。これは本当にとても驚きました。秘密にしていますが、私の祖母も魔力持ちです。しかし、魔力を持っているということは、悪人から利用されることが多いと言っていました。特に女性は、それが原因で誘拐されることもありますから、秘密にしていることがほとんどです。祖母の魔力持ちのことも家族の者しか知りません。


 私が4才になったとき、祖母に呼ばれ、いつも祖母のいる部屋に入りました。

 それまで私は祖母の部屋に入ったことがなかったのです。祖母は私の手を握り、何かをしているようでした。私は手が何かムズムズとして、おかしな気持ちになったことを覚えています。でも、祖母にそれを言うと、なんとなく悪いような気がして黙っていました。

 しばらくして祖母が

「サラには魔力がないようだね」

 と安心したような、残念そうな口調で言いました。

 祖母が言うには、魔力持ちの子どもは祖母が手を握って魔力を流すと、何か反応があるそうです。魔力持ちは母から娘に遺伝することが多いらしく、祖母も母から教えてもらったそうです。でも祖母には子どもが父と叔父だけだったので、遺伝せず、孫に期待したそうです。でも私も遺伝せず、妹にもなかったそうです。


 祖母の祖母はルーシ王国から移ってきたそうで、魔力持ちの人だったそうです。その頃、ルーシ王国では魔力持ちの人に対して迫害があって、住んでいられなくなって、ヤロスラフ王国に移って来たそうです。それで、魔力持ちであることを隠して、娘にだけ伝えていたと言うことです。

「もう、誰にも私の教えることはないのかねぇ」

 と祖母は淋しそうに言っていました。


 魔力持ちの人なんて、私は祖母以外に見たことがなかったので、ノンとミンが人目を気にせず、呪文を唱えているのは本当に驚きました。しかし夫は逆に驚喜していました。


 と言うのは、夫は困ったことに、魔力の研究をしているのです。自分が使えないから逆に客観的に見れるのだ、とか言って、変な名前の研究会を作り、よその町の同好の人と交流したりしているのです。ノンとミンに付きまとい、呪文を使うさまをまじまじと見ているので、強く強く注意しました。だって、付きまといしている気持ちの悪いオヤジにしか見えませんから。2人だってイヤそうな顔をしてるじゃないですか、ねぇ。

 でも、ノンとミンが植物に呪文を唱え、成長を促進するのは驚きです。特にミンは私が見ても、魔力がありそうです。 



 マモル様が作らせたものですが、弩という矢を射る道具があります。

 女でも矢が射れるということで、実際に村の女で練習してみました。脚で弓を押さえて両手で弦を引き、矢を取り付けます。それを構えて打つ。私には弩は少し重く、構えるのが大変と言うと台の上に載せればいいと言われて打ってみました。確かに、これなら震えず打つことができます。みんなで的に当てる競争をしました。1番上手いのはイリーナさん、私は下の方ですがマモル様よりは上手いのです!


 ある日、子どもたちの勉強が終わり、胡椒の実の始末をしていたら、鐘が打ち鳴らされました。これは異常のあった知らせです!イリーナさんが、弩と矢を持って門の方に走ります。私たちもイリーナさんに続きます。異常というのは何者かが襲って来たという知らせなのでしょうか?

 塀の台に上って外を見ると、遠くに馬車が見え、その後ろに土埃を上げながら、集団が走って来るのが見えました。馬車の人たちはオーガの町から生活物資を運んで来るのですが、その後ろの集団は剣や槍を持っているようで、やはり凶賊なのでしょう。あれは20人以上でしょうか?この村で戦闘員は3人しかいません。3人であんな多人数に対応できるわけがありません。いくら強い人が1人いても、大勢の暴力には屈してしまうと聞いています。


 しかし、この村の女の人たちは違いました。

 イリーナさんが声を掛けました。

「みんな、やるよ!落ち着くんだよ、近づくまで打っちゃダメだからね。打っても当たらないから矢の無駄だからね。無駄が多いほど、アタシたちの危険が増すからね。いいかい、アタシが合図するよ!!」

 と言うと、みんなが

「「「「「「「「ハイ!!」」」」」」」」

 と答えます。そしてイリーナさんが

「構えて!」

 と言ったら、みんな柵の上に弩を乗せました。どうしてみんなできるの?前に戦ったことがあるの?私だけなの、オロオロとしているのは?


 馬車が門の中に入り、外に出ているのはマモル様だけになります。すぐそこまで凶賊が来ています。まだ、打たないの、すぐそこに、すぐそこまで来ている、マモル様の目と鼻の先に来ている、まだ、まだなの?心の中で気持ちが沸騰しています!口の中がカラカラなのが分かります。唾を飲み込もうにも唾がありません。


 そのときイリーナさんが

「今だ、打て!!」

 と言って、最初の矢を打ちました。その矢は真っ直ぐ飛んで行き、凶賊の先頭の男の胸に刺さりました。男は勢いよく前に転がりました。時間の流れが、ひどく遅くなったような気がします。

 みんなが一斉に矢を打ちました。矢は面白いように、凶賊に吸い込まれて行きます。矢が当たると、凶賊たちは動きを止めます。そこにまた矢が刺さり、前の方の男たちから倒れていきます。誰も矢を打つのを止めようとせず、どんどん打ちます。

 情け容赦なんてする必要ありません。あいつらをやっつけないと私たちがやられてしまうのです!蹂躙され、犯され、殺される、それが当たり前なのですから、あいつらは死んでも構いません。


 矢が尽きるまで打ってしまいました。

 気が付くと凶賊は誰一人立っていませんでした。外にはマモル様が1人立っているだけです。

 私たちだけで凶賊を倒しました!弩を使って倒しました!女の力だけでやったのです!!剣もろくに使えない私が、みんなと一緒に倒しました。頭に血が昇って、その後のことは良く覚えていません。マモル様に興奮して何かをわめいたような気がします。

 このことは私の中で革命でした。私も戦うことができるんだということ。


 マモル様とネストルが領都に行ったとき、帰りはネストルだけが帰って来ました。マモル様は仕事でハルキフに行かれたそうです。

 タチバナ村に来て、こちらの消息を伝えたことはないし、罪人だから連絡することもできないけれど、両親や祖母、妹はどうしているのかしら?と郷愁に誘われます。


 と帰って来たマモル様が、家族からの手紙を持ってきてくださいました。これから手紙を書いてもいいそうです。ヒューイさまが黙認してくださるそうです、キーエフ様、感謝致します。

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