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巡回使までいらっしゃって.....

 もう1件の招かざる(と言うのは失礼ですが)客は、輸送隊の馬車に乗って来た。


「タチバナ様、初めまして。私はキーエフ正教の巡回使のジーダス・クリタスと申します。以後、長いお付き合いをすることになると思いますが、よろしくお願い致します」


 ついに来た!いつか来ると思ってました......来て欲しかったわけではないが。長い付き合いをいきなり宣言されるというのは、なんともはや。


「これはこれは、ご丁寧な挨拶ありがとうございます。私はタチバナ村の村主で騎士爵のタチバナ・マモルと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします。

 それで、今日は何の目的でおいでになったのでしょうか?とにかく、集会場で話を致しましょう。村の主だった者を集めますから」

 と言ってジーダス・クリタスという巡回使を案内した。姓があるということは、お貴族様なんだろうけど、たぶん教会の制服らしい物を着ていらっしゃる、ただし結構くたびれているけど。こういうのは初対面がじゅうようだろう。となれば、最初の訪問の時は1番見栄えの良い服を着てくるのが普通だと思うのはオレだけなんだろうか?


 集会所にはいつも通りのバゥ、ミコラ、ネストル、そして参謀総長のサラさんを呼んである。サラさんはお茶を出してくれるけど、あなたを一番頼りにしているんですからね!


「ジーダス・クリタス巡回使は、こんな果ての村にまでおいで頂きありがとうございます。それで要件は(分かってますけど)なんでしょうか?」

 目的は分かってませんよ、というニュアンスで語りかける。できたら帰って頂けませんかね?という気持ちも込めている。

「はい、率直に申し上げまして、是非この村に教会を建てたいと思いまして、お願いに参りました」

 ほら、やっぱりね。みんなの顔を見ても、そうだろう、という顔をしているし。まぁ、いつか来るだろうと思ってたし、来るものが来ただけか。


「私としては教会を建てられても、構いませんが」

 信者の有無は別にして、あなたが建てたいというならオレが邪魔する筋合いはない。


「おぉ、そうですか!タチバナ様はこの世界にいらしてから、まだ余り時間が経っていないと聞いておりましたが、教会の重要性をご理解頂けているとは!ここにもキーエフ様の御加護がありますとは!」

 ちょっと、大げさですけどね、この人。

「そ、それでタチバナ様、教会を建てるに当たり、あぁ、率直に申し上げて、その、信仰の証しとして、あの、皆さまから資金を寄付して頂きたいのです。わ、我々がどこでも、どの地域でも教会を建てるにあたりまして、その、地域の皆さまの浄財を元にして建てているのですから!」

 ほらね、みんなも「やっぱり!」と顔に書いてあるし。バゥとミコラは特に太文字で書いてあるし。


「浄財ということは、寄付が必要ですか?」

「は、はい、是非とも皆さまの、尊い信仰を、あの、教会という形にして頂きた......」

 と緊張で、しどろもどろのお願いを言ったところで、バゥが発言した。

「いや、お気持ちは分かるんですが、オレらはほとんどルーシ王国から来た者で......」

 露骨にイヤな顔をして言ったところに言葉を被せて来て、

「ハイ、存じておりますとも!ルーシ王国のキーエフ真教の信徒でありながら、ヤロスラフ王国にいらっしゃって、キーエフ正教の信徒になられるという......」

「いや、オレらはキーエフ真教の信徒ではなかったんです」

「へ、なんと!もしや、すでに、キーエフ正教の信徒でいらっしゃった?」

 盛大な勘違いがある。


「いや、違うんです......」

「もしや、もしや!キーエフ教原理主義ではありませんよね?」

 バゥとこの人の話が合わない。もう少し、バゥの話を聞いてくれてもいいのに。

「違います。オレらはキーエフ真教も正教も原理主義もいずれの教会に属さず、キーエフ様の御加護の外にいたんですわ」

 何を言うんだ?というキョトンとした顔をしてみせる巡回使様である。


「御加護の外?神の御加護の外とは、一体、どういうことでしょう?私には理解できませんが」

 理解できないのは無理もないかな、と思ったりもする。バゥは続けて、

「ルーシ王国では、罪を犯した者とその連座したものは、教会の外、信仰の枠の外に置かれますから、一度罪を犯した者の子孫もそのまま神の御加護を頂けなくて、ずっと外にいることになるんでさ。

 ですから、この村の者のほとんどが、神の御加護の外におりまして、一度も教会というものも知りませんし、教義も教えられてませんし、それで生きてきております。そもそもキーエフ正教自体を何も知りませんので、信仰する術がありませんので、信仰がないのに信仰の証しを捧げるということができませんので」


 あーーー確かに。信仰ないのに、信仰の形として寄付とか浄財とかあり得ないわね。前の世界でも、信仰は寄付した金額に比例します!と明言される宗教があったけど、あれはドン引きだった。


「がーーーーーん。なんと......皆さま......教義を知っておられない......触れたことがない!

神よ、私は今ここに、迷える子羊と対面しています(ほぅ、バゥが子羊と!これは使える!)。今、私の信仰の魂が大きく燃え上がりました。この村で、神の御加護の外におられた皆さまに教義を広め、理解していただき、信仰に目覚めていただきたいと思います!」

 と巡回使さんが力んだところにサラさんが水をかける。あ、もちろん物理的な水じゃありませんよ、念のため。

「巡回使様、熱烈な信仰をお示しいただきありがとうございます。しかし、誠に残念ながら、この村には蓄えがありません。まだ銀貨の1枚、銅貨の1枚さえもこの村では使われておらず、教会建設に金銭的なご協力はできないのが現状でございます。

 あ、もちろん、建設に際して、人工(にんく)のご協力はさせて頂きますので。誤解なさないますよう、お願いしたいと思います。そうでございましょう、マモル様」

 サラさんの能弁に聞き惚れていたら、突然パスが来ました。

「ハイ、そうですね。すみませんが、この村余裕なくて、できれば資財は自前でお願いしたいのですが。場所はご提供しますし」

「な、な、なんと!この村は胡椒で大変、潤っているという話ではありませんか?」

 あーーそういう噂が流れているのか、それを鵜呑みにして来たのか。

「後で村の中を見て頂ければ分かると思いますが、この村は40人ほどしか人がいないので、全員が働いて辛うじて生活を維持しています。もちろん、私もですよ。

 ですから、教会を建てられても、神父さんは教会で、寄付を待っていても食えないと思いますよ。何か村人と一緒に働いてもらわないといけないと思いますが」

 と言ったらサラさんがトドメの一撃を放つ、さすが参謀総長!


「確か教祖のキーエフ様も『民とともに働き、民とともに収穫に感謝し、民とともに神を信仰する』と申しておられたと思います。是非、巡回使様もキーエフ様の言われたことを実践され、私たちと共に、畑を耕し、収穫を得、共に神に感謝されればいかがでしょうか?」

「む、む、む。む。なんと、なんと、、ここで、キーエフ様の御言葉を聞くとは!うーーーーーん」

 あれ、うなり出したけど。サラさんは、してやったり、という顔をしているけど、いいのかね?ちょっと聞いてみようか?

「あのう、巡回使様。我々は決して、教会を拒むものではなく、迎え入れたいと思っておりますが、今のところ、その余裕がないと申し上げているだけで、サラの言う通り、一緒に働いて頂けるなら、喜んでお迎えしますが?」

 と言ったら、巡回使様、しばらく黙っていたけど、ポロポロと涙を流し始めた。


「う、う、う、これで、やっと、教会の神父になれると、思ったのにぃ。やっと、やっと、新しい村、に派遣されて、教会を、建てることが、できると思った、のに......」

 と泣くもんだから、みんな唖然です。ただ、ネストルとサラさんは思い当たるところがあるようで、ネストルが聞いた。

「巡回使様、もしや、この村に教会を建てることができれば、巡回使様が神父として赴任されるお約束になっておられるのでしょうか?」

 巡回使様は、ボロボロこぼす涙を拭おうともせず、

「ハイ......その、通り、です。教会を、持てば、やっと、ラリサと一緒に、一緒になれると、思ったのですが」

「そうなのですか、将来を誓った方がいらっしゃると。教会の神父になれば一緒になれると?」

 やっと巡回使様の涙が止まり、少しシャキッとしました。

「実は、私はタンネの町の騎士爵の五男でして、恥ずかしながら、武も文も才能がないので仕方なく、信仰の道に入りまして15年になります」

 え?仕方なく入るんですかい?もっと尊いものでないんですか?と思ったのはオレだけではあるまい。

 

「ずっと巡回使を務めておりましたが、こんな私にも、好いてくれる女性ができました。相手の女性は商人の娘ですが、私は騎士爵の五男ですから、平民と同じで一緒になることは問題ありません。

 しかし、彼女の両親が、私が巡回使のままでは一緒にすることはできないと、せめて教会の神父となるまでは一緒にさせられないと言われまして、いろいろと頑張ってきたのですが、なかなか教会の神父になれず、最後の望みを掛けまして、この村に参った次第です。しかし、しかし......うぅぅぅ」

 巡回使が突っ伏してしまったので、みんなで顔を見合わせる。どうしたものかと考えるけど、オレみたいな余所から来た若造よりは、現地のみなさんに判断してもらった方がいいかな。


「みんな、こっちに来てください」

 と言って、部屋の隅にみんな集める。ひそひそ声で

「どうしたらいいんでしょう?オレとしてはちょっと気の毒で、いい人みたいだし、いつかはこの村にも教会は建てないといけないと思っていたんですよ。共存共栄というか、せめて少しは働いてくれれば、教会くらいは建ててあげてもいいと思うんですけど。癖の強い神父様が来るよりは、あの人は人が良さそうなので、あの人に来てもらっても良いとは思いますけど。でも、ただ飯食らうのが当たり前と思われちゃイヤなんですけど、どうですか?」

 と言ったら、バゥは

「オレとしちゃ、別に構いませんけど。村の人間が増えますし、強欲な事さえ言わなけりゃ、来てもらっても良いですがね」

 と言うしミコラは

「そうですね、私も構いませんよ。あの人はいい人みたいですから、あまり無理なことも言わなさそうですから。邪魔になる訳ではないでしょう?」

 と言って、次はネストルかと思ったらサラさんが

「まぁ、来てもらっても大丈夫でしょう。キーエフ正教は余りお金がかからないので。もともと、清貧をモットーとしていますから、こちらに来るのにさえ、あのようなくたびれた服装で来ていますし。普通、新しい町や村に教会を設けようとする場合、舐められないように、もっときらびやかな衣装を着てきそうなものですが、お世辞にも立派とは言えないような服ですし。たまに領都の神父の集いに行く旅費を出すくらいで足りると思います。それに、奥様を連れて来るのですから、私が奥様をしっかり丸め込んでしまえば良いのですから!!」

 だそうですけど、ネストルは

「私は構いません」

 と一言でした。

「じゃあ、そういうことで話しましょうか、良いですね」

 ということで、条件付きでOKすることになった。


 まだグズグズしている巡回使様のところに行って

「巡回使様、宜しければこちらで教会を建てておきますので、奥様と一緒にいらしてくださいますか?当面は一緒に働いていただき、週に1度くらい、教会に集まり教義を聞くということでは、どうでしょうか?奥様と一緒に来てもらうことが条件です。それで良ければ、どうぞいらしてください」

 と言ったら、巡回使様の目にうるうると涙が溜まり、オレの手をガバッと掴んでユサユッサと振りながら

「ありがとうございます、ありがとう、ございます、ありが......うぅぅぅ」

 としまいには声にならないくらい感謝された。みんな、やれやれという顔をしてます。

 さて、教会を建てますか、最初はこじんまりした物ですよ。これで休みを作れます。




 最後にもう1件、これは本当に来て欲しくなかった。

 ある日、子どもがオレを呼びに来た。

「マモル様、蛇がいるよ」

 なんですと?それは、ほっぱっとけば、どこかに行くんじゃない?

「こっちに向かってるよ。それが大きいの。見に来て」

 おれ、蛇は大嫌いなんですけど!見たくないんですけど!自分たちでなんとかして欲しいんですけど!なんでもオレに頼らないで欲しいんですけど!総務課苦情係ではないんですけど!

 どれだけ、心の中で訴えても、子どもに手を引かれ、連れて行かれる。


 まだ塀の外にいるという幸運であったけど、見て驚いた!!

 大きいんだから!この世界のものは、獣は大きいけど、は虫類は大きくなくていいのに、その蛇は大きかった......大蛇だった。やだ、なに、直径15㎝くらいで長さは7,8mはあるんじゃない?あんなの絶対無理だよぉ!

 なのに、周りのお子ちゃまたちは

「マモル様、早くやっつけてよ!」

「剣でスパッと切ってよ!」

「今夜は蛇を食べれるね!」

 って、勝手なことを言いやがる。あれ、今夜あれを食うんですかい?オレがヤツを殺した後に、もしかして神剣でチョンチョンと切るんですかい?

 無理だよぉ~~~触るどころか、近寄りたくもないんですって!あぁ、なんか、剣で切ろうとして失敗して、グルグル巻き付かれて絞め殺され、飲み込まれる自分が見えるようだぁ。

 そんな白日夢を見ながら、剣を握りじわじわっと蛇に近づいていく。


 そこに天使が降臨した♪

 後ろから

「蛇が見つかったって?」

 と言いながらノンがやってきて、

「メッ!!」

 と言いながら、手に持った剣を蛇の頭に刺して、殺した。蛇はナゼかそのまま死んだ。オレはあまりのことに腰を抜かして座り込んだ。

 後で聞いたら、ノンは昔から蛇に対してマウントが取れるそうで、「メッ!!」と言うと蛇は金縛りにあったように、硬直して動かなくなるんだって。それで、頭を剣で刺して殺して、食事になるそうな。

 蚕と言い、蛇と言い、何がダメなの?と言われるけど、ダメな物はダメなんです涙。

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